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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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それから(それからの続きの続きの続き)

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    それから(15)  篤志くん



彼は、九州の或る田舎町に生まれた。
生まれるとすぐに、母と共に、彼女の生まれ故郷の広島に・・帰った。
以来、彼は、母と二人。
母の生まれ故郷ではあったが、その母は、彼女の両親と住む事を拒まれ、母一人子一人の暮らしを余儀なくされた。
「ねえ、何故・・」
ぼくには、おとうさんがいないの・・? と、何時も訊く・・。
その度に、母は、その子を抱き締める。そして、言う。
「あんたはね、おかあさんのお腹からポンと生まれたの。だからね、おとうさんなんか要らないよね・・。その代り、おかあさんが、あんたを2倍も3倍も抱っこして上げるから・・」
その子は、そう聞いて嬉しかった、ぼくは、他人の何倍も抱き締められて育ってるんだと・・。
やがて、その子は、大きくなる。そして、学校の友達に、母に教えられた通りに言う。
「そんな事、あるもんか。」
「そうだ、そうだ・・、お前の家以外、何処の家にもおとうさんが居るんだぞ。」
「おとうさんは、働いてくれるから、その働いたお金で、何でも買ってくれるんだ。お前には、おとうさんが居ないから、だから、何時もそんなに貧乏なんだ。」
友達は、口々に言う。
その子は、耐えた。耐えに耐えた・・、だって、ぼくには、誰よりも優しいおかあさんが居るんだぞと。
だが、現実を知り、その我慢に限界を迎えた時、
「ウワ~~ッ!」
と叫びながら、一人の友達にぶつかって行った。
その時から、友達は、友達ではなくなった・・。

「わし、もう悔しゅうて・・、気が付いたら、相手を突き飛ばしとりました。」
賢治と共に、俺の向かいに座る篤志は、終始下を向き、訥々と話す・・

『今日は、これで帰してやる。お前、明日からも此処に来い。本物の仕事とはどんなものなのか、じっくりと教えてやる。・・いいか、逃げ出すんじゃないぞ。そうなった時は、地球の裏までも追いかけて・・、ぶっ殺す・・』
そう言って、俺は、掴んでいた彼の腕を放し、そのまま事務所に入った。
その俺の後姿を睨みながら、篤志は、物見高く集まっていた従業員達が、散って行く足音を聞く。
(悔しい・・)
なんだか、あの我慢に限界を感じた時の様に・・、無性にぶつかって行きたい。だが、そのぶつかる対象が、見えない・・

何時もは、車で帰る道なのに、悔しさを抱えたまま彼は歩いた。
(辞めてやる、こんな処・・ 母ちゃんは、怒るじゃろうのぅ・・ じゃけど、まあ、またあんたの勤まる処を探せばええと・・言うてくれるじゃろう。・・そう言うてくれるかのう・・)
そう考えながら歩く彼に、この会社で知り合い、妙にウマの合う良和と賢治が追い付いた。
二人は、ふてくされる篤志を宥めながら、行き付けの居酒屋に・・

其処で篤志は、一杯目のビールを一気に呷った。
コンッ、と音を響かせて、強めに空のジョッキをテーブルに置き、忌々しそうに辺りを見回す。
「憤懣やるかたなし じゃのう。」
と、半分笑いながら賢治は、言った。だが、篤志の返事は無い。それに構わず、賢治は、言葉を続ける。
「飲みたい気持ちは分かるが、まあ、わしの話を聞けぃ。」
そう言って、彼は、まず自分の事を話し始めた。
小さい頃から家族と離れ、祖父と暮らした事。その真面目で平和な時期も、祖父の死で一転、また元のグレた生活に・・。そして、どう足掻いても、どう言い訳しても決っして、自分をも納得させ得ない世界に足を踏み入れた頃、俺と出会い、それまでの人生観などが、理屈抜きで覆された事など・・。
「偉そうに言うけどな・・、人の生き方などは、考え方でどうにでもなるもんじゃ。わし、さんばんさんに出会うまでは、人生、金次第じゃと思うとった。それに、生まれつき恵まれん境遇の者なんか、どう足掻いてもええ事には成らん。どうせそうなら、大きゅう短く生きちゃろう(生きて遣る)と思うとった。じゃけど、わしが大きいと思うとった生き方なんか、結局は、その逆で、小さい世界で粋がっとっただけじゃったと、今、考えたら・・そう思うわ・・」
「・・」
「さんばんさんは、時代遅れの人じゃ・・。わしらにゃ(私達には)理解出来ん処もある。じゃけど、わし、知っとるんよ。あの人は、わしに何時も、『このバカが・・』言うて、放り投げた様な事ばっかり言うけど、陰では、上の者に逆ろうてまで、わし等の盾に成ってくれとる。その所為で、上の人から睨まれて、あの人の事を悪う言う人も居る。
じゃけど、この会社で、JさんやCさんみたよな(の様な)職人気質の人からは、めっちゃ好かれとるで。どうしてじゃと思う・・? わし・・、ちょっと照れ臭いが・・、人が生きる時に大切なものは、時代が変わっても、変わらんと思う。そりゃぁ(それは)、真面目に自分を貫く事じゃ。あの人が、一回だけ言うた、『一生懸命やる必要なんかない。だけど、真面目にやって、正しいと思う事さえやって居れば、まともな人は、分かってくれる。それでも分からない人など、相手にするな。それに、世間全体が、間違った方向に向かっている時代だって、過去には有った。
だから、今の自分を見ながら、真面目に生きて居るか? 自分に嘘を吐いていないか?と、それだけ考えろ。』・・そう言うてくれた・・」
「・・・」
「ところで、篤志、お前、さんばんさんに何を言われたんなら・・?」
「・・?」
「あの、身動き出来ん様にされとった時、何か言われたじゃろうが?」
「・・明日も、来いいうて・・、そう言われました。」
「そうか・・、そんなら、明日も顔を出せぇや。」
「・・」
「まだ、イジイジしとるんか。」
「・・」
「こらっ! 人が、真面目に話しとるんで!」
と、柄にもなく賢治は、偉そうに言った後、ついに大声を出し、その居酒屋に居づらくなり、河岸を替えざるを得なかったそうだ。

(俺が、結婚した時、小さな祝いをみんなで開いてくれた。俺は、多恵と二人並んで座らされ、日頃のモトを取ろうとする奴等に散々イジられたが、これらの話は、その時に聞いた話。
彼は、俺との関わりなど、その殆どを篤志に話したそうだが、あの生き埋めの件だけは、篤志も、未だに知らない様だ。まあ、俺も触れて貰いたくないし、賢治のプライドを保つ為にも、一生封印だ。
やはり賢治は、ただのワルではなかった。おそらく、俺以上に出世する人生の友だ。将来、喰えなくなったら、こいつに喰わせて貰おう・・)

翌日、10時頃、篤志は、会社に顔を出した。
この会社で仕事を続けるかどうかは、おそらく半々という処であったと思うが、兎に角、置いて帰った車だけは、持ち帰らねばならない。
俺は、社長と専務にお願いをして、その日の現場作業を外して貰い、事務所での仕事とか、資材置き場の整理などしていた。本来なら、その様な我儘は、許されない。社長からは、
「ええ加減にしとけよ。根性の腐り切った者を雇うほど、うちは、儲かっとらんで。」
と、かなりな事を言われた記憶がある。
篤志は、俺に気付くと、バツの悪そうな顔で、彼の車に近付く。
俺は、
「やっと来たか・・」
と、彼に近付き、肩口に篤志の姓が縫い込まれた新しい作業服を渡した。