それから(それからの続きの続きの続き)
この約5年の間に、○○の従業員は、20人以上増えた。仕事の量も当然増えたが、問題も増える結果となった。
それは、急に増えた若い従業員と、やや年代を隔した年配の従業員との、表面に出ない確執である。
この会社で、賢治が働き始めた頃は、まだ先輩に倣うという気が感じられたが、それ以後の若い年齢層には、そういうものが、あまり感じられなかった。
会社の気質が、自分に合わないと思えば、すぐに辞めてしまう。辞めないまでも、仕事の何たるかを知る前に、不平不満を口にする。
そんな中で、ある若者が、採用された。
見るからに、普通の環境で育った者ではないと、彼同様、普通に育って来なかった俺は、感じた。
この彼、事有る度に、不平不満を口にする。仕事で躰を動かすのかと思えば、口に反比例した様な有り様だ。
ある時、俺は、彼のその様な態度を注意した。
「もっと真面目に働いた後、言いたいことを言え。」と。
「おう、そうか。そんなら(それなら)こんな会社は、辞めてやらぁ(辞める)。」
「・・勝手にしろ。」
「なんじゃぁ? 首にするんか? そんなら(それなら)退職金を出せえや!」
「お前な、考えてものを言えよ。首ってのはな、どうにもならないからか、会社に取ってマイナスになる事をした者に与える、一種の罰だ。罰を与えながら、ありがとうございますと、金を出す会社が何処に在る?」
「おんどりゃぁ、偉そうに・・」
と、今にもつかみかかろうとする彼。
その時には、彼の大声に誘われて、物見高い従業員が、かなりの数、俺達を取り巻いていた。
一触即発かと周りが見守る処に、賢治が、割り込んで来た。
「おい、■! 止めんか!」
と、叫ぶ様に言う。
「賢治さん、放っといて下さい。大体、この東京弁の奴は、最初から気に入らんかったけん・・、放っといて、遣りたい様にやらせて下さい。」
「このバカが! お前のぅ、この人のほんまの怖さを知らんけぇ、そんぎゃな事が言えるんじゃ。悪い事は、言わん。もう、このまま大人しゅう帰れ!」
そう言って、賢治は、
「さんばんさん・・、堪えてやって下さい。こいつには、後でよう言うときますから・・」
と、必死に頼む。
俺は、そう言う賢治を見ているうちに、なんだか過去の彼との一件を思い出し、急に可笑しくなって来た。すると、そんな俺を見て、
「何をヘラヘラ笑うとるんなら! お前、わしをバカにしとるんか!」
と、また煩い唐変木。ついに奴は、俺の胸倉を掴んだ。
俺は、奴のその腕を掴み、ねじ上げる様に徐々に力を入れる。
胸倉を掴むという事は、その後すぐに足払いを掛けるか、そのまま掴んだ手で突きを入れる筈。あるいは、空いているもう一方の手で殴る・・など、色々考えられるが、俺の馬鹿力は、奴が何も出来なくなる程の効果が有った様だ。
腕をねじる程に、正面を向いていた奴の身体は、方向を変え、ついに彼の腕は、彼自身の背中にまで廻って来た。
俺は、奴のもう一方の腕も掴み、身動き出来ない様にした後、
「賢治も頼んでいるから、今日は、これで帰してやる。お前、明日からも此処に来い。本物の仕事とはどんなものなのか、じっくりと教えてやる。・・いいか、逃げ出すんじゃないぞ。そうなった時は、地球の裏までも追いかけて・・、ぶっ殺す・・」
と、奴の耳元で、奴にだけ聞こえる程度の声で言った。
「返事は・・?」
奴は、何度か頷いた。
俺自身、久しぶりに血が騒ぐ一件だったが、遠吠えに終わった・・
それよりも、俺を見ながら、
「さんばんさん・・、さんばんさぁん・・」
と、心細くなる様な声で、俺の名を連呼する賢治の声の方が、印象に残っている。おそらく彼の脳裏には、かつて生き埋めにされかかった自分と、俺に掴まれて身動きの取れない奴とがダブって、その時の恐怖が蘇っていたのであろうか・・
思えば、賢治には、悪い事をしてしまった・・
以前も書いたけれど、男の世界というものは、一面単純そのもの。
強い者には従う という事だ。
この翌日から、若い奴等は、俺の言う事を素直に聞き始めた。
だが、鞭ばかりでは、人は離れる。離れないまでも、陰険な心を創る様になる。
俺は、努めて、みんなの前で、賢治と、バカな冗談やシモネタを笑いながら話す様にした。
そして、数か月も経つと、想像以上に連帯感が生まれ、悩みなども相談して来る様になって来た。
尤も、どうしてもこの会社に馴染めず、辞めて行った者も数人いたけれど・・
作品名:それから(それからの続きの続きの続き) 作家名:荏田みつぎ