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鳥籠―Toriko―

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 カルフェの目が、依頼主の手に釘付けになった。もはや引き返すことは出来ない。見過ごせるわけがない。事態はカルフェが理解するより先に、より深刻な状況へと向かっていた。依頼主の手の中に収められている、赤い手袋がそう物語っていた。間違いない、ミュネのものだ。次いで、小さな鈴のネックレスも、小さな赤い靴も、全部ミュネのもので間違いない。
「ミュネ……は……何処に……?」
 カルフェの声が、更に詰まった。見れば見るほど、依頼主の手にあるのが、間違いなくミュネの物だと分かってくる。違って欲しい。ハッタリであって欲しい。だが、そうではない。確かに、ミュネの物で間違いないらしい。
「ミュネというのか。名乗らないものだから名前もないのかと思ったよ」
 依頼主は軽く笑み、手袋もネックレスも靴も、全て床に落とした。床にぶつかる音が虚しく響き渡り、カルフェの止まってしまいそうな頭の中を震わせた。
「さて、仕事の話に戻ろうか、狼」
 依頼主が失笑して言った。その顔を見てカルフェは、止まってしまいそうな時の中で、同じく止まってしまいそうな思考を何とか動かそうと足掻いた。このまま思考が止まれば、奴らのいいように持っていかれてしまう。
「……待て、まずはミュネに会わせてくれ。話はそれからだ」
 カルフェの言葉に、依頼主はにやりと笑んだ。
「余程の財産と見えるな、そのミュネとやらは。安心しろ、今、引きあわせてやるよ。その前に狼よ、一つ確認せねばなるまいな」
 依頼主はそう言うと、床に落ちたミュネの衣類を踏みつけた。カルフェが反感を買うよりも早く、その目は厳しく光る。カルフェはその気迫にすでに圧倒されかけた。依頼主の表情は、絶対的強者のものだった。
「忠誠を誓うか、狼!」
 その言葉が、カルフェの存在を縛りつけた。

「ミュネ?」
 カルフェが連れてこられたのは、町外れの豪邸の薄暗い応接間だった。無数の絵が飾られ、高そうな美術品が飾られている。依頼主――いまや雇い主の住んでいる館のようだ。趣味の悪い内容の仕事を持ちかけてきたが、芸術品の趣味はさほど悪くないようだ。
 そこにはミュネと共に、グレハもいた。二人とも無事だ。それに、カルフェが心配していたほど、怯えてもいない。
 ミュネは白い髪や白い肌によく似合う、薄紅色のドレスを着ていた。どうやら、雇い主が用意させたものらしい。グレハはいつもの格好をしていたものの、どこか呆然としている。手元を見ると、数枚の金貨が握られていた。
 ミュネがこちらに気付いた。
「カルフェ!」
 駆け寄ってくるミュネは、いつものミュネだった。カルフェは抱きつかれた時に、ミュネの首元に、いつもの小さな鈴のネックレスの代わりに、ピンク色に光る鑑札がついているのに気付いた。どう見ても高値のものだ。
 これがどういう事なのか、カルフェには分かっていた。
「この町は君が思っているほど安全ではないのでね」
 雇い主が口を開いた。
「勝手とは思ったが、少々手をつけさせてもらった。有能なベビーシッター君の理解も得られたしねぇ」
 グレハがはっと息を呑む。ずっと金貨に気を取られていたらしい。
「兄さんよう、仕事先ってのは随分……金持ちなんだねえ」
 やっと口に出したその声は、非常に震えていた。
 しかし、グレハの震えは、恐れではなく緊張だった。二人とも、この雇い主の実体には気付いていないらしい。雇い主は、飽く迄、この二人を客人としてもてなしていたようだ。
 安堵がこみ上げる。が、同時に恐れが増す。
 雇い主の目付きには、仕事を持ちかけてきた時の気迫が少しも見受けられなかった。
「カルフェ、だったな、少しこちらで仕事の話をしよう」
 雇い主にわざとらしく名前を呼ばれ、カルフェはミュネをグレハの元へと預けた。
 ミュネはぽかんとしていたが、カルフェがこの部屋を出てもいなくはならないと分かっているようで、騒ぎ出したりなどはしなかった。
 カルフェは安心して、雇い主と共に部屋を出た。
「さて、彼らの無事は確認しただろう?」
 扉を閉めると同時に、雇い主は言った。
「あのボロ屋に閉じ込めるよりも、この屋敷で管理した方がはるかに安全だ。君が仕事を受けると言うのなら、ミュネの保護はきちんとしてやろう」
 カルフェは、今しがた抱きしめたミュネの容姿を思い出す。
 もしも、ミュネが自分ではなく、普通のハンターに捕まり、裕福な家へと売り飛ばされていたとすれば、きっと、あんな感じで着飾られ、厳重に守られていたのだろう。それだけ、町の中であの類の獣を連れている事は危険な事なのだ。
 特に、ミュネを獣とすぐに見分けられるほどのハンターがいるとすればなおさら。
「君は町を甘く見ているのだよ、狼。ここは風土病に怯える町。珍しい獣がいれば、その獣の生き肝なり、生き血なりが効く、という類の噂がすぐに流れるような町だ。旅人の君には信じられないかもしれんがね。それがここの人間っていうものだ」
「人の連れを人質にして交渉する人間がいるような町ですものね」
 カルフェの綱渡り気味な嫌味にも、雇い主は顔色を変えなかった。
「君が何と言おうと、忠誠を誓った以上、今は尻尾を振る犬になり下がるべきだとは思わんかね?」
「私が仕事を蹴った場合の事を聞きたい」
 強気で訊いたものの、カルフェはやはり、雇い主の目線には敵いそうもなかった。
「いちいち説明せねば分からんのかね?」
 それだけで十分すぎる説明だ。
 カルフェの見えない尻尾がだらりと垂れる。
 雇い主は意気消沈するカルフェを鼻で笑うと、話を進めた。
「それよりも仕事の話だ」
 そう言って、写真を一枚出した。
 写っているのは初老の男性。小太りだが、褐色の肌が逞しい、いかにも尊大そうな男性だった。その写真では、何かの演説をしているように見えた。
 カルフェは理解する。
 仕事とはこれだ。この男性を暗殺すること。
 この男性が何者であり、どんな信念のもとで、どのような活動をしながら生きており、それがカルフェ個人の価値観に照らしてどう映るのか、なんて関係ない。この男性を殺さなければ、カルフェだけでなく、ミュネが、そして、たまたま関わってしまったグレハの身までが危なくなる。
 しかし、カルフェはどうしても我慢ならなかった。
「この男は何者なんですか?」
 意味のない質問だとは分かっていたのだが。
「請負人の君に教える義務はない。過去に金の為ならどんな事でもやったという狼ともあろう者が、この程度で怯えているのかね?」
 カルフェは口を噤んだ。
「いかにどうしようもなくとも、いかに救いようがなくとも、過去は捨てられない。忘れる事は出来ても、捨てる事は出来ない。切ろうとすればするほど、運命の女神はそれを許さず、死ぬ間際まで突き付けてくるだろう」
 昔、カルフェはそんな耳にした。
作品名:鳥籠―Toriko― 作家名:幼 ゐこみ