小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

鳥籠―Toriko―

INDEX|6ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

「なら問題ねえや。丁度な、請負人を捜している方がいるんだ。場合によっちゃ断ってもいいだろうけれど、話だけでも聞いてやったらどうだい?」
「ああ、是非そうしたい。その人は何処に?」
 カルフェが問うと、男は更に声を低めて言った。
「なら明日の正午、この店の前に来てくれ。案内するから」
「有難い」
 カルフェが言うと、男は「なに」と、グラスを飲み干した。そして音を立ててグラスを置くと同時に、硬貨を並べ、店中に響く声で言った。
「マスター! いい酒だったぜ!」
 店の主人の返答に手を振りながら、その男は帰っていった。

 その夜中、宿に戻ると部屋の鍵は開いていた。その瞬間、カルフェは鳥肌が立った。鍵はきちんとかけた。中からは開けられないはず。慌てて踏み込んだカルフェの目には、何故かグレハがいた。グレハはカルフェの寝台に座り、ミュネと向かい合っていた。
カルフェは息を切らしながら、状況を頑張って読み取った。部屋の中では、グレハとミュネが楽しそうに御喋りをしていたらしい。ミュネはカルフェが戻ると、嬉しそうに破顔し、飛び付いてきた。怒ってはいないらしい。何故か此処に居るグレハのほうは、面白そうにカルフェの表情を見つめていた。
「よう、遅かったじゃねえか。ミュネもずっと待ってたんだぜえ?」
 グレハは居て当たり前のように言い放ち、寝台から降りた。
「まあ、こんだけ空けてたんだから、仕事の一つや二つくらい見つかったって事で良いわけだよな? 酒臭いのとタバコ臭いのは、単に飲んでただけってわけじゃあるまい?」
「何で此処に居るんだ?」
 やっとそう質問すると、グレハはくすりと笑った。
「なんでって、丸一日部屋に閉じ込められてる子がいて、宿主が放っておけると思うか?」
「ミュネの世話を?」
「だって可哀想じゃん。飯も食わせて貰えなくてさ」
「って、なんでそれであんたが?」
「だって」と、グレハはにこやかに笑んだ。「言っただろ? ゼブブとは仲がいいんだ。客は少ないとはいえ、兄さん達だけじゃないからね。たまたま暇だったもんだから、呼ばれたってわけ」
「そう……か。すまなかったね」
 カルフェは溜め息混じりに言い、椅子に座り、ミュネの頭を軽く撫でる。
「で? 仕事は?」
 グレハの問いに、カルフェは頷く。
「見つかりそうだ。まだ、内容が分からないから決まってはいないがね」
「そう。良かった。もしふいになったらすぐに言えよ。だいたい、最初っから言ってくれれば、仕事の一つや二つ紹介したってのに」
 灯台下暗しとはこのことなのだろう、きっと。カルフェはまた溜め息を吐いて思った。だが、まあいい。明日の仕事内容が気に入らなかったら、グレハを頼ればいいという事だ。
 カルフェは安心した。
 どちらにせよ、仕事はあるのだ。何も心配する事なんてないだろう。
「まあ、その仕事についたらベビーシッターは任せな。まさか一日中こんな部屋に閉じ込めとくつもりじゃないんだろう? まあ、金は取るけどね」
 グレハに言われ、カルフェは頷いたが、少し後ろめたさがあった。今まで、仕事の為にミュネを宿に繋ぎとめて行くことなんてざらにあったからだ。そうでもしなければ、ミュネはとっくに此処にはいない。ミュネをとんでもない金になる財宝だと知っている宿は、やや節介なほどにミュネを硬く管理したが、それも結局は部屋に閉じ込めるのと何ら変わりない。そして、ミュネとの旅が長くなればなるほど、その頻度は増していく。ミュネもきっと、見えない所で不満が溜まっていることだろう。
「ああ、すまない。その時は頼む」
 カルフェは溜め息混じりに言った。

 翌日、カルフェは数人の男たちとの睨み合いを続けていた。真ん中に居る恰幅のいい男。昨日のあの男だ。そのすぐ横にいるのが依頼主である。黒い髪に黒い目。イヌ科を思わせるような顔つきだった。場所は、昨日の酒場から然程離れていない建物の中。たった今、カルフェは依頼内容を聞かされた。その内容に、カルフェは眉を顰めた。思っていたよりも、ずっと物騒な内容だった。物騒且つ、気が進まない。断りを入れるべきだろう。そう思い、カルフェは男たちを眺めた。昨日の男が薄ら笑っている。彼は初めから、そういうつもりだったのだろう。
「残念だけど」
 カルフェは涼しい顔で言った。
「私の様な者に任せられるような仕事じゃなさそうだと思いますよ? 他に適任者を探してはどうです?」
「適任者だと思ったから告げたまでだ」
 他でもない依頼主がそう言った。低めの声に、カルフェはやや身構える。全く安心感を与えない声。何故だか、カルフェは彼の事が信用出来なかった。
「ともかく、見込み違いでしょう。私は降りるべきらしい」
「待て」
 空かさず依頼主の横に居た男が叫んだ。
「内容を聞いて、ただで帰れるとでも思ってるのか?」
 カルフェはその男を見つめ、溜め息混じりに言った。
「勿論、他言すればどうなるかなんて心得ているつもりです。私だって長生きはしたい。そんな私が口を滑らすとでも?」
「ふざけんな、其処に直りやがれ!」
 面白いほど威勢の良い男を、別の男が手で制した。
「よい。その余所者もしっかりと心得ているだろう。まさか、我々の情報網を侮っているとも思えんしね」
 その男の冷静な目に、カルフェは軽く一礼をした。
「それでは、私は帰らせていただきます」
「そういえば」
 背を向けたその途端、依頼主が突然喋り出した。
「近頃町で、面白い噂をきく。何でも、新しく来た旅人の中に、目の保養になるような可愛らしい旅人がいるとかね。赤く塗った狩猟用のローブを着ていて、子ども達からも喜ばれているとかいっていたかね。確か、白い髪と桜色の目をした女の子のようだと言っていた。だが、本当にただの女の子なのか。私はとても気になってね……」
 依頼主の目が細められた。カルフェは静かにその目を見つめた。誰の事を言っているのか。何を言おうとしているのか。カルフェの思考が段々と凍ってきた。
「何でも、その女の子は誰かの連れらしい。黒い外套に身を包み、同じように黒い眼帯と黒い帽子で顔を隠している。昔は、隻眼の黒い狼とか言われていたやんちゃ者だったかね。大人しくなったと思えば、そう言う事かと納得したよ」
 依頼主の小さな笑い声が部屋の中で響いた。
「それはともかく、狼が連れているとなれば、違う可能性も見えてくるというものだ。あの女の子は、本当にただの女の子なのか。どうしても確かめたくなったのだよ」
「――……何をした?」
 カルフェの声は震えていた。この男達は、ミュネの事を何処まで嗅ぎつけているのか。それはきっと、カルフェの思わしくない領域まで侵していることだろう。依頼主達の雰囲気から、カルフェは絶対的不利の状況であることがよく分かった。
「さあね。それは、実際に見て確かめてはどうかな?」
作品名:鳥籠―Toriko― 作家名:幼 ゐこみ