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秋上がりの女

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 女が男の立場を尊重してていねいに依頼するも、男自身はしかし、ゆっくりとした抜き差しを変えなかった。
「ちょっと、一休みしよう」
 女は驚いた、こういうパターンはない。なにかが起こったのだろうか。自分が悪いのかと不安に思えた。
 男は自身を抜くと、女そのものを舐め始めた。舐めながら、舌をクリトリスへ持っていき、掃くようにしてなでた。こうして朝の男のかすも舐め取ったのかと、深く動揺し不安定な気分になってくる。しかし、この男は汚いとか言う感覚が全くない。
「あいつよりいいか」
「いいですよ、ずっとお上手です」
「そうか、あいつよりうまいのか」
 女は男の言葉に同調した。朝の男との情報交換がどれだけなのか、少し疑問を抱いたが、黙っていた。この男は、あの男と朝に会うとわかって、夜を指定してきたのだろう。初めは好都合とひとり合点したが、そうではないとはわかって嫌だった。とにかくがまんがならないではないか、もう、なんてこと、と恨めしくなってきた。
「それなら、自信が出てきたわ、俺の方が年寄りやから心配してた」
 この男はいい、と女は心の中で快哉した。疑問を棚上げして、セックスを楽しもうと決めた。男の率直な表現を好ましく思った。
「ええと、スキンは」
「だいじょうぶですよ、なしで」
「それはいいね」
「私も生の方が好きです」
 忙中閑である。セックスのさなかに、こんな冷静な会話ができるなんて、女は痛く感心した。
 懐石料理で言えば、箸休め。
 女のなかはすでに十分感じている、ミルクか乳液のような物があふれようとしている。男は、女がその感覚を持続したままなのを知ってか知らずか、もう一度、手を伸ばして入り口全体を包んで軽い刺激を加える。
 女が手を伸ばして男根を握り込む。互いに刺激しあって、ひと休みでどころではない、情熱があふれているではないか。よかったとつぶやく。
 男が体勢を変えて顔を近づけ、クリトリスに軽く歯をあてると、女はからだをひねるようにして声をあげた。声を上げると、男はクリトリスを口に含んで、回すように転がした。
「入れてください」
 女が耐えきれず男に訴える。切迫して、ついに言葉が出てしまった。自分が自分に言っているのだ、吉本隆明の自己表出だろう。ここのところが男にはわからない。
 男は余裕たっぷりに、自身を入れこんでいく。
「どうしてほしい」
「奥まで入れてください」
 男根を奥まで差し込む。
 女は
「あーあー」
と声をあげて反応した。
「どこが感じてる」
「奥の方」
 男が腰全体を使って、男根を出し入れする。女も腰を揺するようにして、男根の動きに応じた。四十八手のひとつ、向かい合って、互いの腰を揺すりあう。
「このベッド、いいね」
「エアウイーヴでしょ」
 女は相づちを打ちながら、からだも同調させた。腰を自在に動かせるこの体位はいちばんの好みだ。奥にあたると、とろとろ汁が出てくる。
「これはいい、潤滑油があふれてくる」
「ほんとに」
「すごくいいよ、とろっとしている」
 男性自身がなめらかに動く。子宮や子宮へ至る道全体がぐっぐ、と収縮する。
「いったのか」
「いった」
「いきやすい身体なんやね」
 女はうつろな表情で言葉が出てこない。
 いきやすいのではない、この男のおかげでいけたのだ。しかし、そうとは言えなかった。子宮がけいれんすると、からだがふわっと、浮遊する。この一瞬はすごい。女には絶頂経験がそれほどはないから、このエクスタシーの波にゆだねて、さまよった。もうそっとしておいてほしかった。オルガスムスに似た感覚はよく味わえるが、オルガスムスそのものは、小説ほどは経験できないものだ。自分は不感症かと思ったりしたが、友達と情報交換しても、経験者は少ない。
 男は様子を見ている。女はこの男はほんとにいい人だと感じ入った。射精はまだだった。男にもいかせてあげねばならない。さてどうしよう、からだを重ねたまま、余韻を味わいながら、女は迷っていた。迷ううちに、女は、眠り込んでしまった。疲れがどっと、あふれてきたようだ。1時間以上、睡魔にとらわれて、男と一緒であることも忘れてしまった。
 目を覚ますと、男が
「疲れてるんやね」
と声をかけてきた。じっと、側にいた様子だ。安心するではないか、愛していると思い、愛されていると思った。朝の男は体を使って愛してくれたが、この男は頭も体も使って愛してくれている。
 やはり、一日、二人は疲れる。全力投球するから、気疲れするばかりか、体もくたくたになる。
「ごめんなさい」
「もっと、寝たら」
「お風呂に入りたい」
 女は甘えるように言葉を返した。
「さっき、入ったけど、お湯、足そうか」
「一緒に入りましょう」
 女は恋人気分で誘った。男は言葉を交わさないで、すぐバスルームに向かった。お湯を満たそうとしている。男も一緒に入るつもりなのだろう、ホテルなら深夜の入浴も気兼ねなく楽しめる。
 風呂でくつろいだ後、男は女の両足を抱え込むようにして、からだを折り曲げると、出し入れを始めた。さきほどのエクスタシーへのお礼、どうお返ししようと思案する。
「いやー、いやー」
と女が叫ぶ。女はこの体勢に、20代につきあった、ワイルドな男とのセックスの記憶を絡ませた。燃えてくる。
 男には、女のあらわな表現はかえって、女が抑えつけるような体勢がお気に入りと思わせた。男は張り切った。得意のパターンだ。
「出していいか」
「中へ出してください」
「いっぱい出してください」
 もう、止まらない、頭でなくて、からだの芯から、子宮が命じて、口から言葉が吐き出される。頭脳が子宮に移動したように思った。頭が空っぽになる。
「わたしの使って、気持ちよくなって下さい」
「性欲、充たしてください」
「どばっと出してください」
 女は自らを昇りつめつつ、男を煽り続けた。言葉が性欲の発露のひとつとなって、エクスタシーをもたらすのだ。同じようなやり取りだが、朝の男とはまったく異なる。いつものような計算された男へのサービスの言葉ではなかった。
 女も言葉でいけるのだ。
 男は射精すると、女に口付けして、
「良かったよ」
 女がほほえみをかえす。

「バーに行きたい」
 バーに出かけて、カクテルを飲んだ。
「生本番、て、めずらしいよね」
「以前、付き合っていた人が、安全日を教えてくれてから、生がよくなって」
「それから、生なん」
「それまではかならずゴム、使ってた」
「そうだよね」
「あいつとも、生でか」
「あいつとは、ちがいますよ」
「そうかそうか」
「モナコって、どうして」
「会いたい人がいててね」
「誰なん」
「セミナーの先生ですごくあこがれてるんです」
「なんや、その男のために、俺が金を出すんか」
「仕事なんです、女の飛躍なんです」
「わかった、わかった、面白そうやな」
「あのね、革命に後先なしって、どういうことなんでしょう」
「革命、忘れてた言葉やな」
「昔、よく使ってたのでしょ」
「まあね、革命は置いといて、後先なし、ということやろうな」
「あとさきがないって」
「自分が先で、お前はあとやろうとか、そうではなくて、大事なことはやりだすことなんや、ということかな」
「なんとなく、わかります」
作品名:秋上がりの女 作家名:広小路博