冰(こおり)のエアポート
14:45 別々でお願いします
乗客たちは一斉に騒ぎだした。キャビンアテンダントは一人ずつに話し掛け、冷静に対応している。このようなことはたまにあるが、既に滑走路前での待機中にキャンセルになったのは、博之にとっては初めてのことだった。
「ゲートまで自走して戻れるのか?」
と、後ろの席で話す声が聞こえてきた。
でも、そんなことより心配なのは、日本行きの振り替え便が、今日はもうないということだった。しかも博之は、いつもならビジネスクラスで搭乗するのに、今日はエコノミークラスだった。ゴールドメンバーとはいえ、ビジネスクラスのチケットを待たない乗客を優先して、明日の便を予約してくれるだろうか。当然、この日は空港近くに泊まることになりそうだが、そのホテル予約も優先されないかもしれない。
ビジネスクラスの寿美代は、一人不安になって、キャビンアテンダントに尋ねた。
「飛行機を降りないといけないんですか?」
「申し訳ございません。本日はもう飛ぶことはできませんので、お客様にはチェックインカウンターまでお戻りいただくことになります」
「その後はどうすればいいんでしょう」
「そこで地上係員がご説明いたしますので、お客様のご要望をお伝えください」
寿美代は益々不安になって、握っていたシャンパングラスを見ながら、泣き出したい気分になった。
「もう。最悪」
やがて飛行機は搭乗口に戻り、乗客は全員降ろされた。
そのまま出国手続きと逆のルートで、出国のスタンプにキャンセルと押印され、空港職員専用の通路から、元のチェックインカウンターまで誘導された。
博之がそこに辿り着いた時、寿美代がこちらを向いて立っていた。
「ツイてないですね」
彼女は不安そうにそう言った。
「大丈夫ですよ。でも、僕はこんな時に限ってエコノミーで予約してるんですもん。この後の手配にどれくらい待たされるのかな?」
『僕もいつもは、ビジネスクラスなんですよ』という多少の言い訳だった。
作品名:冰(こおり)のエアポート 作家名:亨利(ヘンリー)