冰(こおり)のエアポート
博之が席に着くと、隣のテーブルに新しい客が二人やって来た。内臓でも悪いのだろうか、やたら顔が赤い年配の男性と、まだ20代の気の弱そうな青白い青年だった。
赤ら顔の男が持っていた傷だらけのゼロハリバートンのキャリーケースは、博之も憧れの海外出張戦士のアイテムだったが、彼がやたら大声で仕事の話をしているのには、感心できなかった。横の青年のように、調子よく相づちを打って聞いていては、つまらない話は延々と続きそうだ。
博之はしばらく隣でスマホを触っていたが、時間を持て余すあまり、ビールを3杯飲んで眠たくなってしまった。
眠るつもりはなかったのだが、いい気分でついウトウトしてしまい、誰かに肩を揺らされて目が覚めた。
「あの、日本まで帰られるんですよね」
「あ、はい」
「もう、搭乗が始まってますよ」
声をかけたのは、寿美代だった。
周囲を見渡すと、顔が赤青の二人組はもういなかった。
博之は立ち上がり、ショルダーバッグを肩に掛けながら、彼女に付いてラウンジを出た。
「ありがとう。危うく乗り損ねるところでしたよ」
「日本行きはこれが最後の便なんで、声かけたほうがいいかなって思ったんです。さっき親切にしてもらったんで。(笑)」
博之は歩きながら身支度をして、親切はするものだと思った。
寿美代の大きくウェーブした長い髪はセレブっぽさを感じさせた。博之はそれを半歩後から見ながら、
「お仕事だったんですか?」
と聞いてみた。
作品名:冰(こおり)のエアポート 作家名:亨利(ヘンリー)