冰(こおり)のエアポート
12:15 親切はするものだ
旅慣れてしまった博之は、すでにその航空会社のゴールドメンバーの資格を有しているので、いつでもエグゼクティブカウンターを利用できるのだが、そこでエコノミーにチェックインするのが、少し恥ずかしい気がしていた。
いつもならそこのグランドスタッフとも、気兼ねなくおしゃべりするのだが、この時は口数が少なくなってしまった。
博之は着ていた厚手のダウンジャケットやニット帽もスーツケースに入れて、チェックインカウンターで預けてしまったが、空港内は薄着のほうが楽だろう。
その後、彼はラウンジへ向かった。ここまで来れば、後はリラックスして飛行機を待つだけである。
博之はいつも、空港での時間つぶしは、航空会社のエグゼクティブラウンジを利用する。そこはフリードリンク、フリーフードなのがありがたい。
大都市のハブ空港のラウンジはいつも混雑しているが、こんな地方空港のラウンジは比較的空いている。その代り、メニューはお粗末なことが多い。
ビジネスクラスに乗ると機内食がしっかり出るので、ラウンジでの食事は控えるのだが、今日はエコノミークラス、ここで食べておかないと日本まで持ちそうにない。
チャーハンとビールで出発まで時間を潰すことにした。
博之がビールのお代わりを取りに行くと、一目で日本人と判る30歳前後の美しい女性が、何やら困った様子でナッツのサーバーの前に立っているのに気が付いた。寿美代である。
「それ、横のハンドルを回すんですよ」
「あっ。ああ。ありがとうございます」
「上のフタじゃなく、下から出てきますよ」
寿美代は博之のアドバイスどおり、ミックスナッツを小皿に取ることができた。
「これって、日本のと感じが違って分かりにくいですよね。僕も前に悩みました」
「ナッツが周りに散らばってるのは、みんな受け損ねてしまうからなんですね。(笑)」
二人は愛想笑いをしながら、それぞれのテーブルに戻った。
作品名:冰(こおり)のエアポート 作家名:亨利(ヘンリー)