それから
それから(3) 楽器屋&床補強
色んな思いはあるけれど、やっぱり・・故郷は、好いものだな。
ああ、あの木は、あんなにも大きくなっている とか、この川で、ばあちゃんと、そして、よっちゃんの3人で遊んだな・・ などと、嫌な思い出ばかりじゃない。
俺は、ばあちゃんの眠る墓に直行。
その周りの草取りをした後、途中で買ったコロッケを二つ供えた。
そして、ばあちゃんと同じ方を向いて座り、コロッケを二つ食べた。
(折角、見付けた仕事なのに、もう辞めちまったよ。まあ、俺、何とか次を見付けるから・・)と、心の中で、ばあちゃんに話した。
暫くの間、そこからの景色を眺め、なんだか身体が軽くなったので、立ち上がり、ばあちゃんと別れた。
墓地を下る坂道の途中に在る、よっちゃんのオヤジさんの家を訪ねる。そして、
「何時も、お墓を綺麗に掃除してくれて、ありがとう。」
と言いながら、よっちゃんにジーパンとポロシャツの入った袋を渡す。
オヤジさんには、好物の日本酒を・・
「上がって行けよ、さんちゃん。一緒に遊ぼうよ。」
と、よっちゃんは、言うけれど、今の俺は、それどころではない。帰って仕事を探さなくては・・
その事を、オヤジさんに告げ、俺は、軒先で二人と別れた。
「さんちゃん、さよなら・・、またジーパン持って来いよ。」
と、よっちゃんの大きな声が、後ろから聞こえる。
予定は、三日間だったけれど、宿代を浮かす為に、二日目の夜には、帰宅。
そして、時計を見て、少し遅いかなと思いながらも、大家の婆さんちの勝手口をノックする。
「ありゃ、誰かと思うたら、あんたか・・ もう帰ったんね?」
「はい、思ったよりも早く用事が済みましたから・・。これ、食べて下さい。」
「・・あんた、これは、八つ橋じゃないね(八つ橋でしょう)。東京へ行く言うとったと思うたけど、京都じゃったん?」
「いいえ、東京の近くまで行きました。」
「その土産が、どうして八つ橋なんね?」
「あっ、何も考えないで・・東京駅で、買いました。」
「・・どうなっとるん・・・ まあ、貰うとくわ(もろうとくわ)。ありがとう・・」
「それから、向こうのお隣さん、まだ仕事から帰っていませんよね?」
「ああ、ちーちゃん(姐さん)は、何時も午前様よ。」
「そうですよね。じゃあ、俺、明日は、朝から出掛けますから、渡して頂けませんか?」
と、俺は、そう言って、姐さんへの土産を婆さんに託けた。
翌日の朝、本当は、仕事探しをしなければならないのだが、何故かその気に成れず、俺は、家を出て、広島駅付近をブラブラと歩いた。
駅の付近を歩いたつもりだけど、何時の間にか本通りパルコの傍に居た。
そのビルに、なんとなく入る。
そして、入り口の案内を見て、このビルに楽器屋が在る事を知った。
(ちょいと寄ってみようか・・)
店は、平日という事もあって、客の数は、少ない。
店内の壁一面に、吊り下げられている楽器をゆっくりと見ながら、ベースのコーナーで立ち止まる。そんな俺に、若い店員が近付いて、
「それ、好いですよ。ちょっと触ってみませんか?」
と言う。
「触っても好いの? 買わないよ。」
「どうぞ、どうぞ・・」
と、店員は、俺の目の前に在ったヒ〇ト〇ーというメーカーの5弦ベースを手渡して、アンプのセッティングをしてくれた。
俺は、久しぶりに手にしたベースで、適当なフレーズを弾く。そして、一頻り引いた後、そのベースを正面から見たり、ネックの具合をチェックする。それを見ていた店員は、
「これはですねぇ、ネックが好いんですよ。」
という。
「ピックアップは・・?」
「あ、ケント・アームストロングです。」
「そう・・? 好いけど、5弦の音が、今一つだな・・」
「さすがお客さん・・、相当やってらっしゃるみたいですね。」
「どうしてわかるの?」
「だって、ちょっと弾いただけで、5弦の音が・・などと、すぐに言われるんですから。どうですか? 割賦でも販売してますから、考えてみませんか?」
「考えても、仕方ないでしょ・・」
「・・・?」
「だって、俺が、5弦の音が、今一つ って言ったら、あなた、流石ですねと言ったでしょ?」
「はい、それで、随分やってきたのかなと・・」
「うん、やったには、やったと思うけど・・ 5弦の音が、今一つって処で、流石ですねと言われる様なベースは、要らないから・・」
「▼※◎◆※・・・」
買いたくても、今は、とても買える状態ではないから、俺は、早々に退散、また、街をブラブラと歩き回った。
だが、楽器を手にした感触は、なかなか消えなかった。
(やはり、楽器は、俺にも、楽器自身にも正直だな。『私は、この程度。そして、あなたもこの程度・・』と、口の効けない楽器が話し掛ける・・)
その日から数日間、俺は、家に籠り床下の補強をした。
いずれ一階の一部屋は、洋間にするつもりだ。そのつもりで、完成形を頭に描いて柄を入れる。
トントン、コンコンと響く音に誘われてか、一体、改装OKと言ったが、何処までやるのかが気になる所為か、それは分からないけれど、大家の婆さん、ちょくちょく顔を出す。
「あんた、仕事もせずに、何をしょうるんね? 仕事は、休みか?」
「ああ、大家さん、まあ、休みの様なものですかねぇ。」
「まさか首になったんじゃなかろうね?」
「首になど、なってませんよ。」
「ほんまかぁ~(本当ですか~)・・? 小さい会社じゃけぇ、仕事が、無いんか?」
「いえ、有る筈です。」
「有る筈 いうて、あんたの勤めとる会社じゃろ? どうして、そんぎゃに(そんなに)曖昧な返事しか出来んの?」
「(煩い婆さんだなぁ・・)つまりですねぇ・・、首には、なりませんでしたが、俺の方から辞めたんです。」
「ええっ・・? あんた、家賃は、どうするんね?」
「払いますから・・」
「家賃を払うても、食べて行けん様になったら、どうにもならんじゃろ・・」
「そうですね・・」
「・・ほんまに もう・・呆れて、ものが言えんわ・・」
「あ、大丈夫ですよ大家さん。次の仕事は、もう決まってますから・・。其処へ行くまでに、床の補強だけ済ませようと思って・・」
大家の婆さん、一瞬、息をするのを忘れて、大きく深呼吸をした。そして、何やらブツブツと独り言を言いながら、自分の家に帰って行った。