それから
それから(2)
生みの苦しみの一端は、味わったかな・・
だけど、この程度で仕事と住む処が決まったという事は、まずまず順風というべきか。
〇〇土建という、従業員5~6人の小さな会社で働き始める前日、
「働き始める前日に、一度顔を出す様に・・。作業服などの支給もしなければな。」
という事で、指定された時間には、随分と早いが、まあこの街を知ることも必要だと、早速、出掛ける支度をした。
だが、よく考えれば、このままでは、歩くか走るか、または、公共の交通機関を使わなければ、出勤出来ない事に気付く。
俺は、思わず笑ってしまった。
(毎日の事、交通機関など使っていては、時間が制約されるじゃないか・・ まあ今日は、取り敢えず、歩くか・・)
って事で、玄関を出る。
そこで、ばったりと買い物帰りの大家の婆さんと出会った。
「おはようございます。」
「ああ、お早う。何処へ行くんね?」
「明日から勤める会社へ、挨拶に・・」
「そうね? 何処まで行くん?」
「〇〇です。」
「あんた、行き方が分かるん?」
「はい、大体は、地図で調べましたし、一度、面接で行ってますから・・」
などと、簡単な会話を交わした後、歩き始める俺。
「あっ、あんた、バスは・・・、そっちへ行ったら停留所が無いで。」
「はい、時間が在るから歩いて行こうかと・・」
「歩いて・・? あんた、何を考えとるん?」
「特に何も・・」
「・・歩いたら、3時間は、掛かるで。」
「いや、俺の脚なら、1時間半ほどで着くと思います。」
「・・まあ、好きにすりゃぁええけど・・、バッカじゃなかろうか・・」
「じゃあ、行って来ます。」
俺に取って、歩くって事は、何の不思議もない。普通の交通手段のひとつ。
ちょいと道に迷って、遠回りをしたので、予定より20分ほど多く掛かったが、何とか〇〇土建に着いた。
其処で、一応の勤務時間とか、注意事項など聞いた後で、作業服など一式貰い、事務所を出た。
そして、帰りに、当面の交通手段を手に入れる為に、自転車店に寄る。
「自転車、ありますか?」
「・・有るよ。どんなのが欲しい?」
「安いのが・・」
と、此処までの会話で、この店の店主、俺が、外国の人間だと思い込んでいると気付いた。
これを利用しない手は、ない。
「・・安いのねぇ・・・ これは?」
と、店主が、店に並べてある中で、一番安いものを勧める。
「・・もっと安いが、好いです。ディスカウント出来ないですか?」
「〇〇円くらいにするけど・・」
「おじさ~ん、まだ高い。あっ、古いの有りますか?」
「古いの・・? ああ、中古か?」
「いいえ、中国ではないです。フィリピンです。」
「ノー、ノー・・ 中国じゃない。中古・・分かる?」
「ちゅうこ・・?」
店主は、少々イラッとしながら、中古の自転車を指差す。
「ああ、これですか? 中国で作ったですか?」
「ノー、ノー・・ メイド イン ジャパンよ。」
「はい、そうですか? 安いですか?」
「これ、〇〇円。」
「じゃあ、これ下さい。買います。お金、出します。」
さすがに、自転車は、歩くより遥かに楽だった。
楽だったから、少し辺りをウロウロ・・
で、そのウロウロが高じて、気付けば俺は、市内観光をしていた。
(どうせ、明日からは、仕事の毎日だ。今日くらい、日暮れまで市内を走り回っても好いだろう。)
と、どんどん街の中心に向けて進む。
随分と時間を掛けて、市内を流れる猿猴川沿いに・・
その川が、太田川に合流する方向へと、のらりくらりとペダルを漕ぐ。Y学園のある方向だ。
その川沿いに在る木立ちの中を進んでいると、何処かの学生が、数人たむろしているのが、目に入った。
(もう、学校を終えて帰る時間なんだな・・)
などと思いながら,彼等に近づく・・
10メートルほど離れた位置で、彼等も自転車に乗った俺に気付いて、一斉に俺を見た。
その様子が、何だか普通じゃない と感じた。
(・・・?)
と、更に近付くと、学生が作っている円陣の中に、明らかに助けを求める様に、俺を見詰める女性が居た。
「こんにちは~」
と、俺は、通り過ぎる手前で挨拶。
彼等に反応は、無い。
俺は、自転車を停めて、
「此処は、何処ですか? 広島駅は、どっちですか?」
と訊く。
中の一人が、駅の方向を無言で指差した。
「えっ? ・・あ~~、また間違えた・・ ありがとうございます(し)た・・ あっ、あなたも、駅に行きますか? 一緒に行きますか?」
「・・も~~ ウザいんが、出て来たのぅ・・。おっさん、駅は、あっちじゃけぇ、早う行けや。」
「はい、でも・・心配です・・」
「大丈夫じゃけん。向こうの方へ行ったら、駅は、在るけん・・」
「いや、そうじゃなくて、其処の女の人が、心配です・・」
「放っとけや、そんな事!」
「早う行け、外人!」
この二つの言葉で、まだフィリピンで気を張ってた頃の気分そのままの俺は、戦闘モードにスイッチが変わる。
「誰が、外人だ? 人を外見だけで決め付けるなよな。お前達こそ、こんな処で、その人に何をしてるんだ。学生なら、学生らしく、早く家に帰って宿題でもしてろ!」
俺が、いきなり早口で日本語を話したから、奴等は、少なからず驚いた様だった。
だが、多勢に無勢と、奴等も負けていない。
「関係ないじゃろうが! 早う向こうへ行け 言うとるんじゃ! それとも、わし等にシメラレたいんか!」
「(なるほど広島弁は、こんな場合、迫力があるなぁ・・ ガキどもが言っても、なかなかのものだわ・・)」
と思いながら、黙っていると、
「何をビビっとるんなら・・ ちょっと言われてビビるくらいなら、初めから黙っとれや!」
もう駄目です・・。あっけなく我慢の限界ですぅ。
「俺をシメタきゃ、やってみろよ。お前等、子どもだと思って少し柔らかく言ったけど、相手をしてやるから・・ その代わり、本気で来いよ。俺も遠慮しないから・・」
と、カッコいい台詞で応戦。
まあ、此処まで来れば、殆どの喧嘩慣れした者は、その雰囲気などで、相手が、どの程度実戦経験が有るのかが、薄々想像出来る。
俺は、自転車を降りた。そして、
「何が目的かは知らないが、取り敢えず、その人を放せよ。」
と、一歩、二歩前に進んだ。
そして、リーダーっぽい奴の胸倉を掴んで、奴の脚が、宙に浮く程持ち上げると、他の奴等は、もう戦意喪失。
俺は、もう少しリーダーを高く持ち上げて、放り投げる様に手を放した。
放されたリーダー、二、三歩後ろに足を配った辺りで尻餅を搗いた。
俺は、その間に女性に向かって、此処から離れる様にと、手で合図した。
女性は、小走りで逃げて行った。
その後は、何事も無かったかの様に静かになり、おれは、また自転車で太田川沿いを家の方向へと・・
いやいや・・子ども相手に、何をやってるんだ・・
その翌日から、俺は、働き始めた。
最初は、小さな川の護岸工事。
兎に角知識が無い俺は、従業員から苛めにも等しいと感じるほどしごかれた。
重い物は、全て俺が運ぶ。汚れる位置には、全て俺が配置される。
後片付けは、俺一人。
だけど、最初は、こんなものさ。
幸いに、俺は、馬鹿力だし、洗えばすぐに落ちる匂いなど、汚れの内に入らない。