それから
と、彼は、古びた家と、その隣の大きな家との間に在る、隙間と言っても良いほどの小道に姿を消した。
待つ事、およそ5分。
彼は、一人の婆さんと一緒に現れた。そして、
「この人が・・」
家を見てみたいという人ですと、不動産屋の主人が、言う前に、
「あんた、何処の生まれなん?」
と、挨拶もしないで婆さんが、俺に訊く。
「日本です。」
と、それまで何度となく外国籍と勝手に思われ、その都度訂正をして来た俺は、応えた。
「それは、この人から聞いたわ。日本の何処の生まれか聞いとるんよね。」
「ああ、〇〇県です。」
「東京か?」
「いや、東京の近くの〇〇県・・」
「それが、どうして此処に来たんね? まさか、誰かに追いかけられとるんじゃないじゃろね? うちは、そんな妙な人に(家を)貸す気は、無いで。」
「特に追われてる覚えは、ありませんが・・」
「・・家族は? 生まれ故郷の近くなら、誰か居るじゃろ? どうして、故郷の近くに住まんの?」
「親戚の様な者は、居るには、居ますが・・ まあ、天涯孤独と言った方が正確です。」
「親は・・?」
「(なんで、あんたに身元調査などされなきゃならないんだ・・ だが、まあ此処は、応えておこうか・・)居ません・・っていうか、オヤジは、死んで、お袋は、行方不明・・、俺が赤ん坊の時、何処かに行ってしまったそうです。」
「ふ~ん・・ で、あんたは、何処で育ったん? 何処かの施設か?」
「ばあちゃんと・・ ばあちゃんが、死んでからは、親戚など色々な処で・・」
「・・・おばあさんは、何時、亡くなられたん?」
「俺が、小学校に入学する前に・・」
「そうだったん・・? あんた、金は、有るん?」
「あまり無いけど、迷惑かける様な事はしません。」
と、俺は、この街で作ったばかりの預金通帳を差し出した。
婆さんは、遠慮の欠片も見せないで、俺の通帳を開いて見た。
「仕事は・・?」
「〇〇土建で働く様にしてます。」
「・・・(住む処を)他も当たって見たん?」
「はい、もう何十軒も行きましたが、すべて駄目で・・」
「うちが断ったら、どうするん?」
「それは、仕方ないですから、また他を探します。」
「・・・ちょっと、△さん(不動産屋)、この人に貸すわ。すぐに書類を作って上げんさい。」
「あ、はい・・ でも、二人とも・・ほんまにええんですか? 特に、あんた(俺)、ええんですか、此処で・・? 取り敢えず、玄関は,開きますが、勝手口の方は、ちょっとコツが要りますよ。」
「こりゃ! 大家の前で、何という事を言うんね!」
「あっ、失礼しました!」
まあ、一癖有りそうな婆さんだけど、悪人ではなさそうだ。
俺は、早速、鍋料理などで使うガスコンロとボンベを買い、ついでに、数日分の食料や、調味料などを揃えた。
当然、寝具なども必要だけど、それは、後の事として、キャンプ用の寝袋で、当面を凌ぐつもり。
そして、住み始めて2週間は、仕事から帰った後、家の周りの草取り。
両隣を仕切ってあるブロック塀も、カビ・苔などで薄汚れていたので、新しいブロックの色に近い塗料を塗った。
築数十年の建屋だけど、何より広いのが好い。
狭いが、二階も二部屋在る。おまけに、玄関は、通りに面しているが、裏庭が広い。野菜畑でも作れそうだ。
いやいやこれは・・案外、掘り出し物かも知れないぞ・・
俺は、徹底的に家の中をチェックした。そして、費用は俺持ちという事で、改造などの許可を得た。但し、改造前には、大家の婆さんに、必ず細かい説明をして了解を貰うという条件付き。
どうせ、この国に帰ったばかりで友人は居ない。
家の改造をしていれば、暇を持て余す事も無いから・・