それから
それから(7) 誰かの恋・・2
その次の日から、俺の運転する車に、毎日欠かさず弁当の入った袋が、置かれる様になった。
現場では、車の中とか、近くの木陰などで、先輩達と昼食を取る。
従って、それまでおにぎりだけの俺の昼食が、淡いブルーや黄色の袋に入った、明らかに女性が作った弁当に変わったのだから、
「おっ、さんばんくん、彼女が、出来たんか。」
「若い者は、ええのう・・」
「一緒に住んどるんか?」
などと、一斉に声を掛けられ、同時に若干、好奇の目で見られる。
俺は、
(どうも、色んな意味で不味いなぁ・・)
と思いながらも、美味しい弁当を食べる。
そして、そんな時、心なしか社長の声も弾んでいるかの様に感じる・・
初めて弁当を作って貰った日から3週間ほどが過ぎた。
その日も仕事を終えて帰社。
そして、俺が、後片付けをする間に、他の先輩方の姿は、消える。何時もは、遅くまで残っている社長の姿も見えない。
(さあ、俺も帰るとしようか。)
と、着替えの為、休憩室に向かう。
土場に居た時は、気付かなかったが、事務所に明かりが点いている。
(社長、明かりを消し忘れるなんて、余程忙しく出掛けたのかな・・)
と、預かっている鍵で、事務所を開けようと・・すると、扉には、鍵が、掛かっていない。
俺は、そのままノックもしないで扉を開ける。
其処には、まだ、社長の娘さんが居て、帳簿の整理などしていた。
「あ、ごめんなさい。社長が、明かりを消し忘れたのかと・・」
「今日は、どうしても遣らんといけん(遣らねばならない)事が有ってね。さっきまで掛かってたんよ。」
「そうですか。ご苦労様です。」
「終わったん? 片付け・・」
「はい・・、じゃ、帰ります。お疲れさまでした。」
と、俺は、着替える。着替えるといっても、長靴を運動靴に履き替えるだけだから・・
そして、自転車に近付いていると、娘さんも事務所から出て来て、
「さんばんくん、何時も自転車で大変じゃろうから、今日は、わたしが、送って帰ってあげるわ。」
「えっ? (不味い。・・不味いぞ・・) ・・あ・・、いや、俺、すぐ太る体質ですから、自転車が・・好いんです。」
「1日くらいで、そんなに太らんよ。」
「自転車が無ければ、明日、走って来なけりゃいけなくなるし・・」
「朝、迎えに行って上げるけん・・」
「わざわざ・・では、申し訳ないから・・」
「私、えらい(凄く)嫌われたもんじゃね・・」
「あ、そういうのでなくて・・。 あ、そうだ、じゃあ、お言葉に甘えて・・。ただ、軽トラックで送って貰えますか? 自転車、積んで・・」
「・・ええよ。」
結局、俺が、運転して、彼女は、助手席に乗る事になる。
「・・・」
「・・」
「・・・・」
「・・」
「お通夜みたいじゃね・・」
「そうですね・・」
「・・さんばんくん、履歴書、見たらフィリピンに行っとったんじゃね・・」
「はい、行ってたというか・・ 暫く住んでました。」
「ふ~ん・・、どんな処? フィリピン・・」
「どうって事無いですよ。」
「そう・・」
「まあ、暑くて・・お陰で、俺、真っ黒でしょ?」
「うん。でも、黒い方が、健康的でええよ。」
「ですかね・・」
「向こうで、何をしてたん?」
「色々・・というか、何でもしてました、生きる為に。」
「どうして、フィリピンへ行こうと思うたん?」
「其処までのチケット代しか無かったから・・」
「えっ? 何、それ?」
「・・まあ、俺なんか、生きてても仕方ない奴ですから・・、何処でも好いから、外国で死のうかと・・。そうすれば、身元不明って事で、適当に処分されるでしょ? ・・迷惑、掛からないからと思って・・」
「・・やっぱり・・・、いろいろ有ったんじゃね。」
「はい・・、そうかも知れません。」
「ふふ・・、そうかも知れない言うて・・あんた、面白い人じゃね。」
「そうですか?」
「うん・・、面白い・・」
家の近くで、軽トラから自転車を降ろし、
「じゃあ、また明日・・」
と、帰る彼女を見送りながら、
(いや、不味いぞ・・こんな事をしてたら。)
と。
社長の娘さんは、俺より4歳年上。
一度、何処かの誰かと結婚したのだけど、何かの理由で離婚。
以来、実家に帰り、社長である父親の経営する会社で、事務を執っている。
先輩従業員達に言わせれば、掃き溜めに鶴 という事らしいが、まあ、それは、人それぞれの感じ方だから、言うに任せれば好い。というと、娘さんは、然程の美貌の持ち主ではないという印象を持つ人も居るだろうけど、大体にして明るくて、まごう事無く平均以上の美貌を持つ、凛とした顔立ちの持ち主である。
俺は、彼女の、口を一文字に結んで机に向かっている姿に、掃き溜めに鶴という言葉よりも、何処かの小洒落たオフィスに彼女が居たなら、彼女が、大勢の中に居たとしても、一番に目が行くというタイプだろうと思う。
まあ、だから、そういう事なども含めて、掃き溜めに鶴 なのか・・
しかし、鶴じゃない・・ (う~ん、思い出せない・・)
そうこうしながら、また数か月が過ぎる。
俺は、精力的に仕事を覚えようと努力した。
何しろ、南国から帰ったばかりの浦島太郎だから、一から十まで教わらねばならない。
だが、そんな俺でも、誰もが親切に教えてくれる。そして、
「さんばんくん、呑み込みがええのう。」
と、褒めてくれる。
人というものは、言葉で教えて、遣って見せて、遣らせた後で、その出来栄えを褒め上げれば、必ず伸びる。
教わった事は、姐さんの店でバイトをしながら、繰り返し復讐する。
そして、少しでも疑問が有れば、帰宅後、買った中古のPCで耳学問。
なんだか、これまでの俺じゃない。ものを造り上げるって、こんなにも面白くて、こんなにも色々な方法が有るんだ・・と、意味なく目の前が、開けた様に感じた時期だった。
そうした数か月、相変わらずのものが、もう一つ・・、いや、二つ かな。
ひとつは、俺と娘さんの関係。
彼女、どうやら俺に興味を持っているというのは、分かっていたが、俺は、努めてその関係を深いものにしない様に注意深く接した。
彼女、好い人で、好感は持てるけれど、俺の様な者よりも、もっと素晴らしい男が現れるよと、機会有る度に、彼女に話した。
「私の何処が、嫌い?」
とか訊かれた事もあるけれど、そういう事ではないんだよな。
縁、というか、それに近いものを感じないから・・ ただ、それだけの事。
縁を感じない人と、濃密な関係になると、俺は兎も角として、関係が壊れた時、相手に相当なダメージを与える恐れが有る。まして、同じ会社の、社長の娘さんが相手となると、折角好い雰囲気で働いている処を、辞めねばならない場合だって考えられる。
俺は、先の事を考えるというよりも、今、今と、仕事を覚える事が、大切なんだ。
従って、娘さんとの関係は、電車のレールの様に、同じ方向には向かっているが、決して近付きもしなければ、離れもしないというものだった。まあ、親しく口を効き、冗談を言い合い、その姿を先輩達に冷やかされる事は、何度も有ったけど・・
そして、もうひとつ、変わらぬ事。
それは、毎月、頼みもしないのに遣って来る、借金取りの若造。
「おい、社長、居るか?」