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夢風船(詩集)

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詩「夢風船」  佐武 寛

 第一部 風景

成熟した住宅街
とぼとぼと歩く
老人が増えた住宅街

開発されて30年を超えると
おさなかった子供は巣立ち
親は老人の域に達した

60年代はまだ達者だが
70年代はそろそろ駄目か
杖つく老人がちらほらする

家に引きこもり出てこないのは
80年代の人たち
庭木ばかりが茂っている

挨拶言葉は
腰が痛い足が不自由とか
医者と薬の立ち話

子供の姿はめっきり減った
少子化を実感している
ご近所は静かな住まい


 
  繁栄の魔性
繁栄の魔性にとりつかれて
街は豊に孕んでいる
多くの人の夢を包んで
まるで際限のない
未来を求めているようだ

そこに漂っている人は
すべての道路をうめつくして
吐息が空を紅くしている
それが環境を破壊する
温暖化の原因だと知っていながら

欲望はとめどなく膨らみ
すべての人を食い尽くして
やたらと自己増殖する
とめどない濁流となって

都会という迷路の中に生きる
人間という動物の生態は
ラット実験のように
犠牲にされる運命を抱えている

その混沌の原因は何か
人間という存在のすべてが
遁れることのできない
繁栄の魔性がとりついている


   
   梅雨
梅雨の走りが
南からやってくる

梅雨前線が広がると
「うっとしい」が
人の口にのぼりだす

それでも
稲の育ちに欠かせない
雨だから
天の恵みということだ

農業をやっていれば
当たり前の常識

それなのに
都会の人間は
雨を嫌って
ブツブツと言うばかり

あれもこれも
立場が違ったら
変わるということ

それにしても
梅雨は降るのがいい
空梅雨は
結局よくはない


  
  緑青の季節
森の木を彩るように
蝶が群がって飛ぶ

初夏の訪れを
告げている自然に
大きな呼吸をする

やがて梅雨が来るまでの
束の間の青空をたのしんで
草木に戯れる

この時期この季節
菖蒲の花にも
勢いがある
わらべも駆け回る

そろそろ田植えも
終わるようだし
一面の青がそよいでいる


   
   勿忘草
勿忘草は
人を恋しくさせる
花だろうか

青色の五弁花に
可憐な思いを誘われ
新緑の季節に
佇む

盛んな勢いの蔭に
咲くこの花は
墓標に似合う

若くして逝った
恋人の墓に
この花捧げて
偲ぶ
   
   
   
   山道を歩いて
風の音に何を聞くのか
新緑のざわめきが走る
山路の中を歩き続けている

青空は高くに澄み渡って
一点の曇りもない朝に
神を求めるように空を仰ぐ

自分は天空の何処から来たのか
それを尋ねたい気持になる

歩いて日中になれば
渓谷の流れに誘われて
岩を割る渓流のなかに
入ろうとする
渇きを癒すための願望に
身を任せているのだ

夕べになれば
山はつるべ落としに暮れる
夕陽を眺めながら
茜の色に染まる空の中に
自分を運びたいと思う

夜が景色を包み込めば
灯火のもとで
人はやすらぎを求める

だが
夜陰の森の中に
もう一人の自分がいることを
心に覚えて
訪ねて行きたくなる


   
   黄昏の海 
黄昏は何故かさびしく
ひやりとした風が来る
頬はそれを受けて
さももっともなように
頷く

今日が終わったという思いを
伝えてくれるのが夕陽に染まる
茜の空の黒い雲の流れだ

海浜に立てば見渡す限り
海ははるかに水平線を望み
雲を吸い込むように広がる

さえぎるものは何もなく
このまま遠くへ引き込まれる恐怖が
身を震わせるまでやまないのだ

それほどと大きく茫漠とした
不安に駆られるのは何故だろう

生まれ出る前に存在していた空間
それではないのだろうか
親しみと懐かしい思いに駆られる

海から伸びあったように広がる空
それもまた限りなく広がっている

無限への憧れを誘うものの実体は
生命といわれるものの核なのであろう

ゆうべの浜に立ってひたすらに思う
生命の不思議な感動がここにあると


   
   緑の森を歩く
緑の雫が滴る中を
歩いているのは
誰だろう
その姿が誰かに
似ている

思い出の旅を
列車が走ったのは
ゆうべのことだった

熱く燃えた心が
多情多恨の悶えのなかで
乱気流に巻き込まれた
空があったのだ

はるかな夢の世界に
運んでくれたのは
青春という
かけがえのないもの
だった

自分の影が大きく伸びる
坂道を
緑の森の奥へと歩む
戻ることのない人生の


 
  
  アカシアの並木道
何処までも続く
この道は
アカシアの並木道

まっすぐに伸びて
気が遠くなるまで
真っ白に光っている

太陽の輝きが
空から落ちてくる
さえぎるものはない

語り合う人はいなくて
僕一人だけが
この道を進んでいる

何処へ行くというのだろう
誰かに招かれているように
足を前に運んでいる

この静寂の空気の中で
生きているものたちの
ざわめきが遠くにある

アカシアの並木道は
僕を遠くへ運ぶ船のように
風の波をかきたてている


   
   鯉幟. 
鯉幟が
風を孕んで
屋根を超える

皐月の花が
紅く咲く

園児や小学生が
母親に
連れ立って歩く
朝の道を

ご近所の
母親たちが
挨拶を交わして
子等の安全を
守っている

この季節は
明るくてさわやかな
気分を
与えてくれる

天まで昇れ鯉幟
そんな気持で
子等を
送っているのだ



  朝の散歩
朝の散歩で
すれ違う人は
出勤を急ぐ

あの流れの中に
自分も
かってはいたのだと
眺める

犬を散歩させる
婦人もいた
家族を送り出した



  新緑
春も終わりに
忙しく変わって
新緑が
目に付き始める

この季節のなかで
気持が
焦り気味なのは
何故だろう

多分
気が動き出した
からだろう

それは
活動への心構えを
上昇する気流のように
立ち上らせている

だから
この季節は不安定
なのだ

新緑とは
猛々しいもの
なのだ

青芽が
勢いよく伸びて
大きな葉になる
その音が
聞こえだ



  夏は此処に
岬を過ぎれば
灯台も遠くなる

その光が遥か遠くに
幻のようになると
船は月の光だけを
受けて
黒い波の上を
静かに進む

星が天空に輝いて
行く手を
教えてくれるのだ

天神祭りの船渡御が
大阪の夏を告げる
なにわっ子の
元気にあやかろう
浴衣着て夏の風


  
  秋の訪れ
公園には母子ずれが
あそんでいたのに

夏は過ぎたのだと
肌に感じながら
散歩している

まだ本格的な秋ではないのに
標高400メートルに近い
この地では
肌寒い朝を迎えている

秋から冬へと駆け足で季節が
変わる
秋は10月のみで
紅葉に包まれるのは
わずかな期間だけである

それでもいまは秋の到来を
待っている
一息つける季節だから



   離島に通う船
離島に通うポンポン船は
忙しく往来する
波を蹴立てて走っている
なんだか
使命感を持っているように

そうなのだ
離島の人々は
この船に頼って生きている

本土の人にはわからない
熱い思いが
船と人とに通っている

船長は子供の頃から
この船に乗って
七十歳を過ぎた今も
人と荷を離島に運んでいる

島を出て行った人の顔を
作品名:夢風船(詩集) 作家名:佐武寛