赤秋(せきしゅう)の恋
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金木犀の香りが漂う。
「この匂い好きです」
おはようございますと言った挨拶のあとに春が言った。雅夫は8時前であったが作業をしていた。雅夫は自分の庭に2本ある金木犀の香りに春から言われるまで気づかなかった。ちょうどトイレの消臭剤に金木犀の香りを使っていた。それも春が勤めてから気を使ってであった。雅夫はとても嬉しくなった。嬉しさの気持ちの高揚は勇気になった。
「仕事の前に金木犀を観ながらコーヒーでも飲みましょう」
雅夫は作業から離れた。
「こちらに」
やや強引に春を誘った。春は雅夫におとこを感じているはずもなく素直についてきた。
コーヒーと言っても瓶に入ったインスタントである。器は客用のマイセンを使った。
「マイセンですよね。コーヒーも美味しく変わる」
その横顔はドガの踊り子の絵のように感じた。
少し息を吸い込むと、春の体から感じるコーヒーの香りを感じた。雅夫はその香りを香水の様にかいだ。
「窓を開けよう。金木犀の香りがするよ」
「いい気分」
春は腕を斜め後ろに広げ、大きく息を吸った。目立たなかった春の胸が突き出した。
たった10分ほどの時間であったが、雅夫は満足した時間であった。
春を自分に惹きつける魅力が雅夫には何もないことが雅夫の劣等感となった。独身での老後を考え、生活費を切り詰め3千万円ほどの蓄えはあるが、そんな力で春の気持ちを惹きつけたくはなかった。
金木犀の花は1週間ほどで散った。春と雅夫との関係は何も変わらなかった。と言うのも、雅夫は春に退職されたくなかった。それゆえに、食事に誘うことも出来なかった。
作品名:赤秋(せきしゅう)の恋 作家名:吉葉ひろし