七色の絵描き
愛する半身
蝉がうるさく額に汗が流れ道行く大人たちは、この暑さはうんざりだという顔で、僕たちの横をすり抜けていく。
自分たちが住む町の小さな駅、僕たちは一つのソフトクリームを二人で交互に舐め合い、美味しいねと笑っていた。まるで鏡に映したようなそっくりの僕たち。
今日は、両親と一緒に食事をしたのだ。家族で外食をするのは久しぶりで、両親の久しぶりに見る優しいほほえみに僕たちは凄くはしゃいでいた。
父が露店のソフトクリームを両手に持ち僕たちに渡してくれ
「お前たち、少しそのベンチで待っていなさい。すぐに戻るから」
僕たちは、はいと頷き、ソフトクリームに笑みをこぼしていた。
僕たちの前を風船がふわりと飛んでいく。
「あっ!風船......」
風船に見とれていた手からソフトクリームがぼとりと地面を白くしていきます。
「あっ!僕のソフトクリームが.....」
泣きそうになる男の子をもう一人が
「これを一緒に食べようね」
「うん」
少し甘えん坊の弟、僕はお兄ちゃんだから、弟が泣かないように笑っていられるようにしたいと頑張っている。
でも、時々寂しくなる。僕の事は誰が心配してくれるんだろうと。
ソフトクリームがなくなり、弟は僕の手をギュッと握ってきた。顔は父が歩いて行った方向に向いたままに。
中々帰って来ない両親に段々と不安になって、涙が滲んできたけど、僕よりも先に隣で弟がグスグスと泣き始めたから僕の涙は風に飛ばされて行った。
「大丈夫、もうすぐ帰って来るから。お兄ちゃんがいるだろ」
「うん、僕お兄ちゃんがいれば大丈夫」
涙の流れる顔で一生懸命笑おうとする弟が、僕は愛しい。偉いなと頭を撫ぜてあげると花が開くように笑う。
暫くすると両親は帰ってきた。でも、僕たちは父と母の其々に手を繋がれあちらとこちらの違うホームにいた。
僕は、何故?と母を見上げた。
僕の顔を見た母は泣いていた。
「ごめんね」
あちら側のホームでは、父に抱っこをされ笑っている弟がいた。
良かった、笑っている。同じ日に生まれた僕達だけど、弟は無邪気に笑っている。さよならの時が来たのだと知らずに。
「ママ、僕は大丈夫だから」
ホームに電車が入ってきた。向こうの電車の窓に張り付き泣き叫ぶ弟がいた。声は聞こえないけど、その唇は確かに僕を呼んでいる。僕も窓に張り付き弟を呼んだ。
大人になれば会えるだろうか?
母のお腹にいる時からずっと一緒だった僕達が初めて離れ離れになった、7歳の夏から何度目の夏を迎えただろうか。
母は、20歳になるのを待ち僕を捨てた。弟は父と仲良くやっているだろうか?
小さな新聞社に就職する事が出来た僕だが、一人が食べていくのがやっとな生活だった。
それでも、早く弟を迎えに行きたくて休み無く働いた。たまの休みには近くの公園でボンヤリと昔の事を思い出していた。
「あっ、しまった!」
僕の隣で慌てた声がして振り向くと
一人の青年が地面に落ちたソフトクリームを恨めしそうに眺めていた。
「落ちてしまったのですか?残念ですね」
僕は、弟と別れた日の光景を思い出していた。
そっとベンチを離れ、公園の隅の店でソフトクリームを二つ買い
「お一ついかがですか?」
一つを青年に差し出すと青年は、驚き、そして弟のように花が開くように笑った。
「ありがとうございます。わざわざ買ってきてくださったのですか?」
「僕も食べたかったんですよ」
気にしないでくださいと僕も微笑んだ。
「今日も熱い日になりそうですね」
「一雨来ると涼しくなるでしょうか?」
「そうですね。あちらの雲が少しだけ雨を連れてきますよ」
「少しだけですか?それは、さみしい」
「大丈夫です、その後にとても綺麗な虹が姿を現しますから」
「それは、楽しみです。今日は虹を見て帰ることにします」
庭に水を撒く時にできる小さな虹がに大喜びしていた弟を思い出して
「弟が虹が大好きでした」
ぼそりと独り言のように呟いた言葉に
「そうですか、私も大好きです。虹の絵描きですから」
僕は、聞き慣れない虹の絵描きと言う青年を不思議そうに眺めると
「虹しか書けないんですよ。虹に心も体も捕らわれてしまったみたいです」
そう言って笑う青年の前に置かれたキャンパスを覗いた僕は、その素晴らしい虹に溜め息が溢れ
「素敵ですね、絵から虹が飛び出していきそうです。輝いて雨の雫が虹の中で光り輝いているようです」
うっとりと眺める僕を嬉しそうに青年は眺めていました。
僕よりも年上の青年なのに、無邪気に笑う姿を弟に重ねていたのかもしれない。時間があると公園に出向き、青年とひと時語らうのが楽しみになっていました。
そんなある日、僕の所に一通の手紙が届きました。
それは、見知らむ町の見知らぬ病院から。
書かれていた内容に僕の心は壊れそうな程震え、涙がボロボロ溢れていきます。弟が白血病で骨髄移植を必要としていると。僕に適合検査して欲しい旨書かれていました。
今すぐにでも会いに行きたい。弟のいる町は随分と遠く、今の僕にはすぐに会いに行けるお金がなかった。
きっと僕なら助けられると、それなのに……僕に鳥のように羽があれば今すぐにでも会いに行けるのに。
ひとりぼっちの僕にはお金を借りれる友人も知人もいなかった。もっと心を閉ざさず相談できる友を作っていれば良かった。自分自身の愚かさのせいで、大切な弟を助けられない。
「どうしたのですか?」
いつものベンチで項垂れる僕を見た青年が微笑みかけてくれます。
「弟が僕を呼んでいるのに会いに行けない」
それだけ呟くと止まらない涙を手で顔を覆い隠し青年にごめんなさいとみっともない姿を見せた事を謝ります。
青年は、大丈夫ですよと背中を撫ぜてくれ、僕は少し笑うことが出来た。
僕は青年と別れ、僅かな貯金やら会社やら集められるお金を集めました。でも、全然足らないのです。
それでも、僕は、歩いてでも会いに行こうと荷造りを始めました。
その頃、青年は白い鳩に
「少年の弟さんは大丈夫かな?」
と話しかけます。
白い鳩は喉を鳴らすと大空に飛び立ちました。
少年は、荷物を背中に背負い公園の青年にお別れを言いに行きました。
「絵描きさん、僕は今から弟に会いに行きます。僕に勇気をくれてありがとう」
青年は、少年の手を取り
「一緒に行きましょう」
と、キャンパスに描かれた大きな虹をひと撫でして空に手をかざしました。
少年の目の前に大きな虹が大空へと伸びていきます。
びっくりして動けない少年の手をそっと引き
「虹のお散歩を私といかがですか?」
初めて青年に話しかけた時の少年の言葉の様に青年は少年に微笑みました。
「ありがとうございます。」
不思議出来事なのに、青年と手を取り虹を渡っていきます。
「もうすぐ、弟さんに会えますよ」
その言葉に僕は嬉しさのあまり、青年に抱きつき
「ありがとう」
と何度も繰り返し泣いていました。
白いカーテンが揺れる窓、ベットに力無く眠る弟の姿を見え、駆け出していました。
自分の半身である弟の額に口付け、窓を振り返り、青年に御礼を言おうとしましたが、もうそこには虹も青年もいませんでした。