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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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~そのまえ~(湊人過去編)

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 翌日の放課後も『ホワット・ア・ワンダフル・ワールド』を弾いた。
 すると再びポニーテールの彼女が姿を見せて、歌詞を口ずさみ始めた。今度は目を合わせないように湊人は素知らぬふりをして演奏を続ける。

 ――I see friends shaking hands, saying how do you do
They are really saying, I love you

 彼女の発音が高校教師よりずっとネイティブに近いことは、ろくに授業に出ていない湊人でもわかる。こげ茶色の髪に薄茶色の瞳、驚くほど白い肌が、どこか異国の血が混じっているのかもしれないと思わせる。
 今日は絶対に最後まで歌いきってほしい――そう念じながら鍵盤を叩く。

 ――Yes, I think to myself, what a wonderful world……

 彼女の歌を耳に収め、最後のコードを鳴らすと湊人は大きく息を吐いて顔を上げた。
 またしても彼女は姿を消していた。

 肩を落としながら廊下に出ると、桜の花びらが一枚落ちていた。彼女が運んできたのだろうか。
 湊人はその薄い花びらを指でつまみ上げると、そっとグランドピアノの上に置いた。
 しばらく眺めた後、また『ホワット・ア・ワンダフル・ワールド』を弾き始めた。



 それからも彼女は時折姿を見せた。彼女が廊下に立っているのはホームルームが終わってから数分の間だけだ。剣道部にむかうまでのわずかな時間にやってくるのだろうと思うと、湊人の足は自然と早くなった。

 あるとき、一言目には「進学」二言目には「合格」と口うるさい担任につかまってしまい、教室から出られなくなった。長い説教のあとにようやく解放されて大慌てで音楽室に駆け込んだが、時刻は四時を過ぎていた。
 剣道場からは健太の威勢のいい声が響き渡っている。きっと彼女も袴姿になって竹刀をふっているのだろう。
 ため息をつきながら、ピアノに譜面を並べた。今夜は『ラウンド・ミッドナイト』のライブ後のセッションに出ることになっている。プロのプレイヤーたちと比べると曲のストックが少ない湊人に、落胆している暇などないことはわかっている。
 用意していた譜面の一曲目は、今日彼女に聞かせるつもりの曲だった。
 グラウンドから部活動に励む生徒たちににぎやかな声が聞こえている。剣道場からは竹刀をかち合わせる音が絶え間なく響いている。
 勢いよく窓を閉めて、すべてをシャットアウトしようとした。今の自分がやるべきことは、この一曲目じゃない――
 ぶんと頭を振って、ピアノに意識を集中させた。セッションに登場すると思われるプレイヤーの姿を思い描き、音の世界に没頭した。