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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(後編)

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 久美は一博の隣に座りにじり寄ってきた。右手を一博の二の腕に絡ませて来る。
「ねえ、カズ、そんな事いいから、どっか行こうよ」久美のお誘いが始まった。
「う~~ん、今日は飲むだけ・・・さっ、飲もう」
「え~、良心が痛むわけ。その新しい彼女さんに・・・?」
「まっ、そんな所だ。久美・・・浮気はいけないぞ」
一博は笑いながら久美をあしらう。
「え~~っ、今まで散々遊んだくせに・・・いいなぁ~、私も誰かいないかな」

 マスターはグラスを拭きながら一博と久美のやり取りを見て笑っていた。
 男と女の肉体関係が神聖なもので、愛する人以外には寝てはいけないという考え方は常識的だ。
 しかし常識に縛られて生きるほど暑苦しいことはない。自分で自分の制約の中に生きればいい。
 
 新しい好きな女が出来て、その女の為に今までの行為はやめる。やめたいと思ったからやめる。それでたとえば美香を泣かせないことになるのなら、いくらか美香を愛しているんだろう。
 一博は久美と寝たいと思う事より美香を泣かせたくないという行動をとっただけだ。
少しはまた大人になったのかもしれない。
一博は久美の胸が左手に触れるのを感じながら、グラスの氷を回してボォーと先の事を考えた。

 それぞれのきっかけを境に男と女達は、また違う人生を歩みだす。
 ふとしたはずみなのか運命なのか。しかし動き出した人生はまた次の曲がり角まで行き着いてしまう。そして人々はその曲がり角で決断を迫られる。繰り返し繰り返し曲がり角を曲がるたび、行きたかった目的地が見えなくなるのが人生かもしれない。一博と美香、健三と加奈子。それぞれの思いで夜の闇に浮かぶ下弦の月を見ていた。







「ただいま~」
 一博は美香のアパートに帰ってきた。別に自宅でもいいのだが美香の部屋のほうが居心地良かった。
「おかえり、あら、お酒臭い。たくさん飲んだのね」
「まあな。久しぶりに行きつけのバーに行ったら、たくさん囲まれちゃって」
「女?」
「女もいるし、男もいるし、みんないっ~ぱい」
「上機嫌なのね」
「今度、美香も連れてってやるよ」
「いいわよ。あなたを好きな女性に妬かれるわ」
「そんなの大丈夫、大丈夫。今日も愛してるのは美香だけだって、み~~んなに言ってきた」
「バカね。お酒の席じゃそんなの喜ばれないでしょ」
「そういや久美は怒ってたな」
「誰よ、その久美って」
 美香は初めて聞く女性の名前に苛立った。
「妬くなよ、なんでもない、なんでもない」
 一博は口が滑ってしまったというような感じで、美香のベッドに転がった。

 一博の女癖の悪さを嘆いていた加奈子の言葉をまた思い出した。
「一博、遊んでないよね」
「なにが?」むっくり起き上がり、その姿は完全に酔っ払いだ。
「浮気は絶対ダメだからね」
「バカだなぁ~、するもんか。君がそばにいるじゃないか。僕は生まれ変わりましたっ!」と言いながら一博はベッドから起きようとしたが、酔いのせいもありベッドから転げ落ちてしまった。
「相当、飲んできたのね。もう、しょうがない」
 美香は元に戻そうと一博の身体に手を回し、抱えあげようとした。
 女性の香水の匂いがした。あきらかに女性の香水だ。
 健三にはこういうのがなかった。夜遊びなんか絶対して来ない。一博とこれから住めばこういうことが頻繁に起こるんだろうかと一瞬美香は不安になった。
 若いカップルの同棲し始めじゃないんだから、嫉妬で怒るというのはしない。しかし、覚悟を決めて離婚をし、夢のある新しい世界に入ろうとしているのに、現実を見せられたようで美香はため息をついた。絶対の幸せってないんだから・・・大人でしょ。また、我慢を強いられるのかしらと美香は一博の服を脱がせながら加奈子達はどうしてるんだろうと思った。いや、今は加奈子の男、健三が気になった。