十六夜(いざよい)花火(後編)
美香の携帯に「今日は飲んでくる」というメールが一博から入ってきた。
珍しい。自分と付き合い始めて一人で飲んで来るなんて滅多になかったはずだ。
「もう、浮気?」
美香は小さく膨らんだ疑惑を笑って消した。まさか・・。
加奈子が一博の女癖が嫌いなんだと言ってたことを思い出した。
でもそれは妻である加奈子が相手してくれない、かまってくれないことからの反動なんだと一博は女遊びのことを弁解していた。一博の寂しさの裏返しなんだとその時は納得していたが、いざ、自分がほっとかれると「浮気かも」とつい頭によぎってしまうのだ。まあ人は好きになればなるほど相手を束縛したくなる。美香も例外でなかった。
一博は久しぶりに行きつけのバーに顔を出していた。
カラカラーンとカウベルの音が鳴る入り口のドアを開けると、カウンターには顔見知りの香織がいた。
相変わらずナイスバディな姿だ。腰も乳もでかい。最近はベリーダンスにはまってるらしく、時々酔っては客の前で踊って見せているらしい。
そのたびにマスターは「もう歳なんだから、やめろよ」と言うのだが香織は自分の踊りに自分で陶酔してしまって聞かない。客たちも彼女のエッチな踊りを見ながらはしゃぐもんだから、マスターは苦笑いするしかなかった。
「こんばんは~、あらカズじゃない、最近見なかったわね~」香織が言った。
「よそで恋愛していた」一博は手をあげて挨拶の代わりに言った。
「ここじゃ、ばれるから?」
「そういうこと」
「聞いてるわよ、離婚と結婚、同時にしたんだって?」
「馬鹿言うなよ。まだ離婚だけ」
1杯目の酒を飲み、おかわりをマスターに催促する。
「で、どうなったの?」香織は一博と同じ酒を注文しながら聞いた。
「一緒に住むことにした。新しい彼女と」
「え~~っ、珍しく電光石火じゃない」面白そうだと香織は身を乗り出し煙草に火をつけた。
「で、で、どうなのよ・・・どんな人?」
「同級生で、人の妻だった」
ここに来たらなんでも聞かれるのは一博も覚悟していた。
「うっそ~~。略奪?・・・一博らしい。でも結婚してたんじゃなかったっけ」
「そのせいで別れた・・」
「ばれたの?」
「うちの嫁も同級生だったんだ。それから彼女の旦那も同級生・・・」
一博は照れ隠しで目の前の一杯を飲んだ。
「うわぁ~、入り乱れてんじゃん・・・おもしろ~~い」
笑う香織の胸の谷間が揺れる。
カラカラ~ン、次のベルは一博に気がある久美という常連客だった。
久美も香織に負けず劣らずいやらしい格好をしている。
ここのところ美香ばかりを見ていたせいなのか、どこかのキャバレーの女のような格好に見えた。
ここに集まる男も男だが女も女だ。
きっとここを知らない美香が見たら驚くに違いない。
「ひさし~・・・カズ~元気だった?」
「ああ」
「なんだか元気すぎて凄いことになってるようよ」香織が言った。
ここでは隠し事は出来ない。なんでもオープンだ。
香織は久美に今まで一博が言ったことを手短に説明した
「うっそ~~、それって近親相姦?」久美が大きな声で馬鹿な事を言う。
「まあ、似たようなもんだ」
一博は自分の煙草に火をつけた。自嘲気味に笑うしかない。事実だから。
いつものように一博は自分の事をネタに面白おかしく言う。
性格的に寂しい人間はなんでも喋りたがる。心を開くことで相手も心を開いてほしいのだ。
一博の口がうまいのは寂しさから生まれる処世術だった。そして、寂しがり屋はすぐ治せるものじゃなかった。
男の生き方は健三のように無口で男らしく寡黙に生きる男と、一博のように陽気に喋ることで生きてゆく男と、なんにもしなくて愚痴を言う男のタイプもある。どの生き方がいいのかは本人が決めるしかない。そして正解はない。
作品名:十六夜(いざよい)花火(後編) 作家名:海野ごはん