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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(後編)

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 健三が珍しく色鉛筆を持って、スケッチブックと格闘していた。どうやら案を練ってるようだ。時間はあまりない。加奈子には下手な絵のように見えるが健三の頭の中ではいろんな花火が次々と打ち上げられているのだろう。色とりどりの花のような絵がびっしり描かれていた。
スターマインの仕掛け花火は最初のアイデアが大事だ。何mの高さで、何秒後に、どんな花火でと緻密な計算が要求される。それはステージで踊るダンサーのようであり、芸術性の高い絵画の要素も含め、花火だからこその感動を引き出さなければならない。
 素人の加奈子にとっても、それがかなり難しい作業だと見て取れた。何より斬新でなければならない。その為に新しい花火も開発しなくてはならない。やらなければならないことがいっぱいあるのだ。

 今までの花火師大会のビデオを食い入るように健三は家でも毎日見ていた。その横でごはんを食べながら見ている加奈子はいつの間にか健三の妻のようであった。晩御飯の用意はすべて加奈子に任せるようになったのだ。しかし、加奈子は後かたづけすると自分のアパートに帰らなければならなかった。
「ご苦労さん、ありがとう」と言って健三は帰りを必ず促すのだ。
「健ちゃん、泊まっていってもいい」と加奈子は切り出したことがあるが
「ダメだ、俺達は結婚してね~」とピシャリと受け付けないのだ。
 そういうことが数日続いた日、加奈子はとうとう怒った。
「健ちゃん、私はあなたの家政婦じゃないのよっ!この馬鹿っ!」
「どしたんだ突然、俺がなんか悪い事したか?」と
 女心がわからぬ健三は的を得ぬ返答をするのだった。
「もういいわよっ!」
「なんだ、どうして怒ってるんだ?」とまたしても健三は加奈子の怒っている意味がわからない。
 明日は自分で御飯作って食べなさいね・・・と言いながら、次の日の夕方になると可奈子は健三のために夕飯を作っていた。そして健三は健三で頭をポリポリ掻きながら「すまない」というふうで、いつもの席に座るのだった。
 健三の馬鹿! 加奈子は悪態をつきながらも、健三のそばに要られることに幸せを感じていた。形に囚われようとするから雑念が生じる。一緒に好きな人といられること自体は何も変わらないのに、形を求めてしまう。加奈子は健三を通して「愛」というものを新しく発見した気がした。



 美香は夕刻の定時までスタジオで働いた後、久しぶりに街に出ることにした。
 一博から飲まないかと誘われたからだ。
 そういえば、ここの所、恋人同士のような遊びがなかった。
 せっかく付き合いだしたのに、加奈子の代わりじゃつまらない。仕事は仕事。美香にとっては「好き」を感じさせてくれないなら一博といる意味が無いのだ。好きだからこその一博との生活。いつまでも刺激に囲まれていたい。

 美香は約束の時間より早く着いたので、街をぶらつくことにした。
 季節が変わろうとしているのだろう、店のショーウインドはどこも秋の装いで溢れていた。
久しぶりのショッピング。そういや健三といた頃はしなかった行為だ。今は働いてお給料がそれなりに貰えている。なんだか独身時代に戻ったような気がした。小さなことだけど美香は別れて良かったかも思った。
 夕刻のラッシュだろう道路は車で混雑していた。美香は車の列が並ぶ、反対側の通りに目をやると、一博を見つけた。声をかけようと思ったが、そばに女性がいるのに気がついた。
あきらかに一緒に歩いている。美香は二人を目で追った。

「浮気?」
 浮気で結ばれた物同志は浮気にすぐ頭が行く。
 一博は普通に歩いているが、あきらかに後ろの女性は何かにすがるように必死だ。
 一博が彼女に振り返ると何か一言二言、言ってるようだった。
 そして、一博だけが振り返り歩き出すと女性はその場で泣き出していた。
 どういう関係?美香は嫉妬が湧きあがるのを抑えた。
 一博は彼女を無視してさっさと歩いて行ってる。
 “別れ話?”
 どちらにしても親密であることには間違いない。
 美香は身を隠すように二人の後を見つからないように追いかけた。
 小さな交差点のブロックを右に曲がる二人を見失わないように追いかけようとしたが、なかなか信号が変わらず横断歩道を美香は渡れなかった。
 ようやく見失った交差点に着いた時には、二人の姿を探しだすことが出来なかった。
 なんだったんだろう・・・美香の心がざわつく。


続く