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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(後編)

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 美香は一博のモールに出店しているお店で手伝っていた。加奈子に代わる経理とお店の管理をする新人さんという立場であった。スタッフは社長の一博が奥さんの加奈子と別れたのは知っていたが、まさか新しく入ってきた美香がその後釜とは知らなかった。
 
 部屋は健三の家を出た日にアパートを借りた。一博がいろいろ手伝ってくれ、引っ越しは1日で簡単に終わった。部屋の家財道具も簡単ながら1日で揃った。落ち着かない部屋で寂しさに襲われると一博に電話した。
 一博自身、自宅にいる意味もなかった。一博はさっそく自宅に戻らず美香の部屋で過ごすようになった。
 いきなり美香を自宅に住まわせることも出来たが近所の手前、噂が気になる。すぐのすぐでは体裁が悪いのだ。美香も一博の自宅に行くことは遠慮した。当分は自宅と美香の部屋を往復する通い夫をすることにした。また、その方がよかった。四六時中そばにいればお互い軋轢が出てくるのはわかっている。愛してると言っても覚めるのも早くなりそうな気がする。しばらくはこの状態を楽しみながらの付き合いの方がずっと愛を育めそうだった。

 そして美香も一博も口には出さなかったが、こそこそ隠れて不倫をしている最中は刺激があり燃え上がったものだが、晴れて二人っきりでなんの隠し事もなく付き合いだすと、実に恋愛も平凡なものだと気が付いた。
 愛が覚めるというわけではないが、何か刺激が足りなかった。心の満足感はあるのだが危険なドキドキ感がなくなった感じがしたからだ。
 だから、お互い四六時中いることは避けた。同じ仕事場で二人いることを回避して恋人気分を保とうとした。
 通い夫もおもしろい。
 とにかく愛し合ったものの、前回の結婚と同じく、せっかく出会ったのに色褪せたものにはしたくなかった。
 それは2度目3度目の間違いを犯さないという大人の勉強を経験したのだろう、より良い関係を保ちたいためにお互い努力するのは必要な事だと学んでいた。美香も恋のゲームから卒業して大人の付き合いを、そしていずれ結婚をと考えていた。



 加奈子は恋のゲームじゃないが、つかみたい健三の心をどうやって射止めようかと奮闘していた。
 勝手に作って行くお弁当や、押しかけ女房のような洗濯物の催促や、はたまた健三の健康管理まで気にするようになり、四六時中、健三の世話をしたがった。そして健三がいる花火工場での手伝いもしたりで、工場の従業員からは「新しい女房になるんじゃないか」と噂もちらほら出てきていた。
 人付き合いのうまい加奈子は、従業員にも人気があった。何にもまして汚れ仕事や暑さに音をあげない姿が、職人達には好感をもたれた。地道な仕事をこなす姿は仲間意識が芽生える。健三も加奈子のがんばりに眼を見張ることが多々あった。そしてみんなと同じように、好感へと変わっていった。

 年に一度、花火師同士が職人技を競う花火師大会コンクールが今年も秋に開催されることになっていた。高田町にある健三の花火工場は、今年は健三が創作した花火を出品してみようかと専務達は相談していた。この花火大会で何らかの賞をもらえれば、健三にとってもプラスだし、何よりそれなりの腕がもう上がっていると社長をはじめ従業員が納得していたのだ。
「健さん、今年はうちを代表して出してみないか」と専務から言われた夕方、健三は珍しく自分から加奈子を食事に誘った。

「どうしたの?健ちゃんから誘うなんて」加奈子は嬉々として喜んだ。
「いや、いい話を貰ったんでな」
「どんな?」
「後で飯食いながら話そう」そう言うと、最後の片付けに保管庫に入っていった。

 居酒屋は混み合っていた。
 生ビールを二つ加奈子が注文すると、健三はニヤニヤしていた。
「どうしたのよ珍しい。いい話ってなんだったの?」
「いや・・」
「もったいぶらなくてもいいじゃん。でも健ちゃんがそんな顔してると私も嬉しいな」
 運ばれてきたビールを手に取ると加奈子から「乾杯!」と言って健三のグラスに自分のを当てた。
「あのさ、花火師大会コンクールってのが毎年あってさ、今度それに出すことになった」
「健ちゃんが?」
「そう、やっとだ」
「えぇ~、良かったじゃない。おめでとう」
「いや、ま~、ありがとう・・」
「うちを代表して健ちゃんが作るんだ」
「まっ、そうなんだ」
「凄いじゃない!」加奈子は自分のことのように喜んでいる。

それから、加奈子は健三の仕事ぶりの評判や専務の思いや、自分が働き出して健三という男がみんなにどれだけ慕われているか、本人を目の前にしてしゃべり続けた。
加奈子にとっても好きな男が一角の男として、際立つことは凄く嬉しいのだ。

「そんなに褒めるなよ」
「いやいや、これは健ちゃんのがんばりが認められたからなんだよ。凄いね」
「花火しかないもんな俺は」
「そうそう・・、いや私もいるじゃない」ドサクサに紛れて加奈子は言った。
「ありがとな、感謝してるんだ」
「な~によ、珍しい。でんと構えていればいいのよ健ちゃんは」
 健三は美香になかった安らぎがここにあるのを、少し意識した。好きな花火のことで美香と会話なんかしたことがなかった。同じ話題で女性と盛り上がるなんて今まで考えもしなかった。健三は改めて加奈子を見た。

「仕事はどうだ?きついだろ?」
「ううん、楽しいわ。体を動かすのは性に合ってるかも」
「変わってるな、お前。昔の加奈子ってどんな女だったか思い出せないくらいだ」
「どうせ、大した女じゃなかったでしょ、あなたには」
「すまん、今の加奈子は知ってるし、よくわかってる」
「うん、いいよ。今が大事なのよ」
「喋り過ぎかな俺?」
「いいことがあったから、浮かれてんのよ」
「浮かれてんのか・・そうかもしれないな」
「健ちゃんはなかなか自分の感情を表に出さないでしょ。それはそれでいいけど、たまには今日みたいに、いろんな事話して欲しいな。もっと健ちゃんのこと知りたいもの」
「・・・・」

 この数カ月で美香はいなくなり、代わりに加奈子という同級生が目の前に現れた。そして、今度の花火師大会に出るということもあり、環境が変わってきていることを健三は実感していた。いつも花火のことだけしか頭になかったが、仲間や周りで応援してくれる人がいるからこそ頑張れるのかもしれないと思った。
 健三は加奈子をじっと見た。
「どうしちゃったのよ。いきなり見つめて」
「・・・・」
「照れるじゃない、やめてよ」
 健三は照れる加奈子を見て笑った。その笑顔は今までぶっきらぼうに生きてきた自分への照れ隠しでもあり、純粋に加奈子という女性を意識し始めて楽しさを感じた新しい夜だったのかもしれない。