道化師 Part 2
7
翌朝、人の気配に懐かしい珈琲の香りに目が覚めた。
その香りに誘われるようにリビングに行くと
「おぉ」
「おはよう、ヒロ君」
俺の予想を裏切り、キッチンで朝食を作るのは木島で、優雅にソファで珈琲を飲んでいるのは鷺沼さんだった。
「おはようございます。木島さんいつ来たんですか?ミユキは…」
木島が張り込みをしていたと聞いていたから、徹夜明けで疲れているだろうに、つい聞いてしまう。
そんな俺を苦笑いで
「動きは無かった。動くとしたらあれだな」
鷺沼さんから、パーティーの事は知らされているのだろう。
「ごめん。寝てないのに馬鹿なこと言った」
自分の思いばかり優先してしまい、木島への思いやりに欠けた言葉だったと情けなく顔を上げられない。
「大丈夫だ。一晩ぐらいでバテたりしないさ」
頭を撫でられもう一度ごめんと呟いていた。
「ホットミルク作っておくから顔洗ってこい」
うんと頷き洗面所に向かった。
さっぱりとした顔でリビングに戻ったヒロは、キスを交わす大人二人の色気と余裕に、あてられ体の奥がゾクッとして洗面所にUターンし座り込んでいた。
暫くして
「ヒロ、ホットミルクできたぞ。抜いたら出てこい」
「馬鹿野郎、誰が抜くか」
まだ、少し赤みのある顔を怒りの所為にしてドカドカと椅子に腰かけた。
木島はいつもそうだ。俺を揶揄う言葉で、暖かさをくれる。
目の前に置かれたフレンチトーストにかぶりつきながら、
「今日はバイト入るから、木島さんは?」
「ゆっくり食べろ。俺は、龍成に用事があるから、その後顔出す。タモツらが、寄るって言っていたからヒロ相手してやれ」
「タモツさん、来るんですか?もしかして二人で?」
木島は、頷き珈琲を飲んでいる。
いつもは、木島のピアノの調律をしに来るみたいだが、休みの日に来るからなかなか会えない。長い黒髪、スラリとした長身で、ほんわりと綿菓子の様な甘い笑い方をする。でも、可愛い感じじゃなく綺麗なんだ。今回、木島と一緒に行動していたタモツさんのパートナーとは初めてだ。
ドキドキする。
「ヒロ君、茂とは初めて?」
鷺沼さんが、意味ありげな笑みをこぼす。
「はい、何かあるんですか?なんだか二人ともキモい」
「茂、怒らすなよ。俺より喧嘩強いからな」
木島も中々に強い。空手の有段者の俺が負けるほどに。
熊の様な感じだろうか?早く会ってみたいと、今からまだ学校があるのに気持ちは夜に飛んでいた。
いるはずがないと解っていてもついミユキの姿を探してしまう。
昼休みに龍也と一海が来たが、なんだか後ろめたくて用事があると逃げ出し、屋上に来ていた。不思議と前ほど一海を見ても心が騒がない。
給水塔の壁に凭れ、ミユキと初めてキスをした時の事を思い出し、その頃のミユキへの思いが自分の中で変わってきていることを自覚する。ミユキの全てを諦めた寂しい笑みが思い出され、あんな悲しい笑い方をさせたくない、抱きしめたいと強く思うようになっている。
やっと、放課後、教室を飛び出し門を出た所で、クラクションを鳴らされた。
「ヒロ君、乗って」
サクヤさんが車を俺の横に着け助手席を示す。
慌てて車に乗り込むと
「龍也には内緒だから、急ぐよ」
「サクヤさん、今日はどうしたんですか?木島さん、射水さんに会うって言ってましたけど」
スムーズにハンドルを切りながら
「茂に用事があるからね。ヒロ君と同伴出勤させてもらうよ」
ウインクつきで返され、ドギマギしてしまう。
店に着き、俺が着替えてる間にサクヤさんは、少し離れた駐車場に車を置きに行った。
開店準備が終わり、ぼちぼちと常連さんが顔を出しはじめ、皆、それぞれにゆったりと寛いだ時間を楽しみ帰っていった。
「ヒロ君、店閉めるよ」
サクイヤさんのボーイ姿に、少しうっとりしながら、
「はい」と看板のライトを落とした。
後片付けをし終わった頃にタモツさんがやって来た。
久しぶりとサクヤさんと俺にふわっと笑顔を見せる。
「奥の部屋借りるね」
サクヤさんと何か話しながら奥に消えていった。
あれ、タモツさん一人…残念だと思いながら鍵を閉めようとした時、勢いよく開いたドアにぶつかりそうになり後ろに飛び退いた。
「あっ、悪い。なかなか良い反射神経、なんか武術やってんだ」
目の前には俺と同じ歳ぐらいの可愛い小さな少年が立っていた。
「タモツは奥?」
頷き、嘘、熊の様なと勝手に想像していただけにまじまじと見てしまい、社会人には到底見えない可愛さに、ポロリと「詐欺だ、中学生…」口が滑った。
「おい、今なんて言った?」
ヤバいと思った時には、拳が飛んできていた。咄嗟に腕で防御したが、2発目は腹に入った。
嘘だろ、この小さい体から繰り出されたとは思えない重さ。
次々と繰り出される拳と足技、俺も本気なんだが、動きが速い。
「茂、ストップ!なにやってるんだ!」
助かった、タモツさんのストップの声で俺の頭の横でぴたりと足が止まった。当たってたら俺、吹っ飛んでたかも。
「こいつ、俺の事中学生とかぬかしやがったんだぜ、可愛いとまで言われて黙ってられるかぁ」
怒鳴り散らす茂さんに
「ヒロ君は見たまま言っただけじゃない。茂、お前が悪い。大人なら拳では無く、言葉で言いなさい。貴方は猿ですか?」
冷やかな視線と言葉で茂さんを黙らした。
「ヒロ君ごめんなさい。ほら、茂も謝りなさい」
俺は慌てて
「俺が不用意な発言をしたのがいけなかったのだから、すみません」
深く頭を下げた。
「ごめん、俺も悪かった。お前、中々に強いからマジ熱くなってしまった。大人気なくてすまん」
「いつまで立ち話してるんだ」
奥から遅いとサクヤさんが呆れた顔で見渡す。
「茂、またやったのか?いい加減大人になれ。だけど、ヒロ君相手だとワクワクしたんじゃない?強いだろ?」
「楽しかった」
「全然俺なんか」
二人の声が被さり、部屋を笑いが満たした。
暫く笑いの中で会話が流れ、そろそろ本題に移ろうとサクヤさんが
「ヒロ君、珈琲入れてくれる。自分のも入れておいで」
俺は、すぐ持っていきますと控え室に向かった。
1人になると、色々と考えてしまう。俺やミユキの為に大人達が集まってる。これから何が始まるんだと不謹慎にも高揚する自分がいる。
俺には何もできないと悔し涙を流すしかなかった俺でも、その中に身を置くことが許されたんだと思うだけで、自分の居場所を与えられたようで嬉しい。そして、ミユキは大丈夫、必ずこの腕に取り戻せると強く思った。
奥の部屋、ノックをするとタモツさんがドアを開けてくれた。
「ありがとう。いい香りだ。亮ちゃん豆変えたのかな?甘い香りが濃いね」
木島のことをちゃん付けで呼ぶのは、流石にタモツさんだけ。凄く違和感を感じる。
「鷺沼さんからの頂き物です」
「魁斗の見立てなら安心」
それぞれが美味いなと珈琲を口にする。俺だけホットミルクなのを茂さんが見つけ
「牛乳飲んだらやっぱり背が伸びるのか?」
と、マジな顔で聞かれ
「どうだろう?成長期だったらもしかしたら効果あるかも」
茂さんが考え込んでいる横で
作品名:道化師 Part 2 作家名:友紀