魔獣つかい【サンプル】
壁一面を埋めるように、書物が並んでいる。小屋の傾きにつれて棚も歪んでしまったようだが、淡い光に鈍く光るのは金銀の飾り文字だ。昔は鮮やかな色だったのだろう、表紙の革の赤や緑もうっすらと見てとれた。
「床板も朽ちているかもしれない。足元に気をつけて」
小屋の四隅の柱に埋め込まれた水晶のような石に男が手をかざすと、石はほのかな光を放ち始めた。
(魔法使いだ)
書物の数に圧倒されていた連枝は、ようやくわれに返って男を見つめた。杖の頭が光っている。それを並んだ書物の背にかざし、書名を確かめているらしい。
「文字は読めるか」
「は、はい!」
「それはよかった」
男は、分厚い一冊を片手で引き抜くと、どさりと連枝の両手の中にそれを落とした。
「その本を開きなさい。自然に開いた最初のページに書かれているのが、魔獣を手に入れる方法だ」
「……え」
男はすう、と杖の光をかざした。表紙の金文字はもうかなり剥げ落ちて、書名を読み取ることはできなかった。
「余計なことは考えず、ただ開きなさい。書かれていた内容を、口に出してはいけない。書きとめてもいけない。自分の心一つに納めて、書かれている通りに行いなさい」
連枝は手の中の表紙を見つめた。それから目を閉じて、大きく深呼吸をし、表紙が自然に開くように両手を開いた。
折り癖でもついていたように、ぱたりとページが開いた。
「覚えたら、本を棚に戻しなさい」
ページに書かれている内容を見ないためにだろう、フードを深く下ろしたうえに顔を背けて男は言った。
書かれていたのは短い文と、一枚の絵。淡い光に照らされたそれを、連枝は目の底に焼き付けた。
「さて、正しい方法がわかったのだから、帰りなさい」
軋む扉を開くと、杖も、柱の石も光を失った。
「森を荒らしてはいけない。何も取らず、まっすぐ帰りなさい」
男が杖を上げて示すと、木間の雪がぽうっと光り、淡く光る一筋の道が浮かび上がった。
「あ、の、魔法つかいさま」
踵を返そうとしていた男を、連枝は慌てて呼び止めた。
「……わたしは魔法つかいなどではない」
「でも」
光る道と、フードに隠れた男の顔を交互に見比べていると、マントの肩が小さく揺れた。
「わたしはただの森番だ。さあ、道が消えないうちに帰りなさい。歩き出したら振り向いたり、立ち止まったりしないように」
連枝の肩に、大きな温かい手が触れた。
「本の記述を忘れなければ、定められた魔獣に出会える」
「……はい。ありがとうございました」
「まっすぐお帰り」
とん、と光る雪道に押し出された。背後でふわりとマントの裾を払う気配。振り返りたいのをぐっとこらえて、連枝は光る道を歩きだした。
作品名:魔獣つかい【サンプル】 作家名:みもり