小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

魔獣つかい【サンプル】

INDEX|4ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 


「連枝、いる?」
 家畜小屋の中にぴりっと緊張が走った。小枝でぴしりと打つようなあの声は、香鈴だ。
「お嬢さま、お馬ですか?」
「馬じゃないの。連枝は?」
 連枝は、ブラシをかけてやっていた馬の陰に隠れるように息をひそめた。
「そこらで仕事をしてるはずですがね……おおい、連枝」
 親方に呼ばれて仕方なく連枝は馬囲いの外に出た。
「……お呼びですか」
「ああ、いた。何してるのあなた」
 香鈴はウサギの毛皮の縁取りがついた上着を翻して連枝にかけ寄った。
「獣売りが着てるのよ。見に来なさいよ」
 白い指が荒れた連枝の手を掴む。
「僕は……仕事が」
「一緒に来なさいってば!」
 跡取り娘の直々の指名に逆らえる者はいない。親方は連枝の上着を差し出して、
「いいから、お嬢さまのお供に行っといで。今日の分は俺が帰りに家まで届けとくから、ゆっくり見て来なよ」
「早く、行くわよ!」
 香鈴は連枝より少し背が低い。明るい栗色の緩い巻き毛を束ねる花飾りが、雪を踏みしめるたびにゆらゆら揺れるのを目の先に見ながら、手を掴まれたまま連枝は仕方なくついて行った。
「……あの子馬じゃないの」
「馬はただの馬よ。魔獣じゃない」
 息が弾んで、頬が赤い。集落の広場に翻る色とりどりの吹流しを見つけると、緑色の瞳がきらきら輝いた。
「……僕は、買わないよ」
「え?」
 香鈴は急に立ち止まる。背中に突き当たりそうになって慌てて踏みとどまった。ついでに、掴まれたままだった手をそっと払った。
「買わないって、どういうこと? 魔獣を買うためにうちで働いてたんじゃないの?」
「違うよ」
「どうするのよ、魔獣なしで。成年式に出るんでしょう?」
 連枝は、胸にぐっと詰まるものを飲み込んだ。
「魔獣がいなきゃ式に出られないのなら、出ない」
「何言ってるの」
 奥歯を噛んで、足元の雪を見つめた。
「香鈴には関係ないだろう。……早く行きなよ、鸚鵡が待ってるんだろ」
「私の魔獣じゃなくて……」
 たまらなくなって、連枝は広場に背を向けて駆け出した。香鈴はまだ何か言っていたが、振り切るように頭を振った。
 くらくら眩暈がして、涙が出た。押し戻そうと顔を擦った。あかぎれの指に涙がしみて、また新しい涙が溢れた。止まらなくなった。
 泣き顔のままでは仕事に戻れない。人目のないところで気持ちをしずめようと、連枝は森に入った。
 雪の森は、空気が張りつめてしんと静まっている。時折どこかの枝から雪が落ちる音まで、はっきりと聞こえた。
 自分だけの魔獣がほしい。学校を続けたい。
 言いたくても、言えない。家族のことを考えたら、自分だけが我侭を言えるわけがない。ずっと前から諦めなければと考えてきたはずなのに、やはりつらい。
 家では泣けない。心配をかけてしまう。だから今、泣いてしまおう。
 大木の幹にしがみつくように、声を殺して連枝は泣いた。
 獣売りが客寄せに鳴らしているのだろう、鈴と笛の音が切れ切れに聞こえてくる。級友たちは、どんな魔獣を買ってもらっているのだろう。もっと年の小さい子どもたちも、胸を震わせながら魔獣を見に集まっているだろう。
 清風は、家の中でひとりひっそりとさびしい思いに耐えているのだろうか。
(働いて、金を貯めて)
 頬を擦ると涙の痕がぴりぴりひきつった。両手で雪をすくって、火照った頬にこすりつけた。切るような冷たさが心地よい。
(清風の魔獣は僕が買ってやろう。小鳥か、子ネズミが買えるくらいは、なんとかして貯めよう)
 喜ぶ妹の顔を思い浮かべたら、体の芯がしゃんとした。きれいな雪で何度も泣き顔を洗った。
(……小鳥か、子ネズミ)
 雪をかぶった下生えの茂みに、目が止まった。
(それくらいなら、自分で捕まえられないかな?)
 子どもの遊びで、小さなわなを仕掛けて小動物を捕まえたことはある。魔獣の森で狩りをするのは一部の大人にしか許されていないし、新年のこの時期は完全に猟が禁じられているが、子どもが何かを一匹捕まえるくらいなら、誰にも咎められはしないだろう。
 雪折れの枝を拾い、連枝は木々の間に踏み込んだ。踏み固められていない雪と、その下に厚く積もった落ち葉のせいか、足元がふかふかと定まらない。
 茂みをつつく。木のうろを覗いてみる。
(雪のせいで、穴にでも隠れてるのかな。冬眠してるのかな)
 雪の落ちる音のほかは、鳥の声すらしない。
 枝をゆすったり、木の根元を掘り返したりするうちに、連枝は森の奥へ入り込んでいた。
「……何をしている、子ども」
 不意に声をかけられたときには、地面から浮き上がるほど驚いた。慌てて振り向くと、黒いマントの人物が立っていた。
 深く下ろしたフードの陰で顔は見えないが、声は大人の男のものだった。
「何をしている。禁猟の森と知っての狼藉か」
 手にした長い杖をさくりと雪に突きたてて、ゆっくりと歩み寄ってくる。フードの端から髪が零れた。雪のように白い、長い髪の房だった。
「あ、ご、ごめんなさ、い」
 背が高い。雪の上に墨を垂らしたような黒のいでたちにも威圧されて、連枝はそのまま動けなくなった。
「何を獲った」
 杖の先がぴたりと腹を指す。
「と、てません、何も!」
 嘘ではないと、両手を広げた。
「では何をしていた」
 杖で打たれなくても、声だけで背骨がびくっと震えるほどの圧力を感じた。連枝はおどおどと目を伏せながら、懸命に言葉を押し出した。
「魔……獣が、ほしくて」
「魔獣?」
「……成年式が、あるのに……買えないから。……魔獣は無理でも、森の動物……小さいのでいいから、何か捕まえられたら……」
 杖の先が下りて、さくりと雪にささった。
「……何の騒ぎかと思えば」
 フードの縁を少し持ち上げるようにして、鈴と笛の音に耳を澄ましているようだ。声に微かに苦笑が混ざったように、連枝には聞こえた。
「しかし、やはり獲ろうとしていたな」
 声に横面を張られたように、連枝は竦みあがった。
「せ……式が、終わったら、帰すつもりで……」
「魔獣は売り買いするものではない。そういう意味では、自分の力で探しにきたおまえが正しい」
 さく、と杖をついて、黒いマントがひらりと揺れた。
「ただし、魔獣は無理やり捕らえるものでもない。……ついて来なさい」
 さく、さくと雪を踏む軽い足音をたてて、黒いマントの人物は歩き始めた。連枝は強張ったまま動けなかった。
「来ないのか。自分の魔獣が欲しくないのか」
「ほ、しい、です」
 つられるように足を踏み出した。
「魔獣、を、くれるんですか?」
 ゆっくり歩いているようなのに、男の後をついて行くのは息が切れた。歩きにくい足元に何度も滑り、膝をついた。
「人から貰うものではない。自分で見つけるものだ」
 男の足跡を踏むと歩きやすいことに気づき、連枝は足元ばかり見ながら、森の深部へ向かっていった。
 男が足を止めたのは、雪に埋もれて朽ちかけた小屋の前だった。
「……ひどいものだな。そんなに長い間打ち捨てられていたか」
 軋む扉を開け、足元を探るように慎重に踏み込む。
「暗いな」
 ふ、と点った柔らかな光が照らし出した小屋の内部の様子に、連枝は息をのんだ。
作品名:魔獣つかい【サンプル】 作家名:みもり