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魔獣つかい【サンプル】

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 遠い昔には、魔獣どうしを戦わせ、同年生まれの一族を束ねる指導者を決める血なまぐさい儀式だったという。激しい争いで負傷することも少なくはなく、魔獣や、ときには魔獣つかいまでが命を落とすことがあったとも。
 近年はもっと穏やかな祭りになっている。正式な装いには、鎧かぶとや弓矢、刀など武闘一族の性格が色濃く残ってはいるものの、実際には形ばかりの守り刀を副える程度で、式を迎えるのが娘の場合、うるわしい姫装束を用意する親も珍しくない。
 そもそも、本当の魔獣がもう森にいないのだから、人間ばかりが形をととのえても意味がない。
 伝説の魔獣つかいが連れていた「魔獣」がどんな獣だったのかは、定説がない。伝説の中で魔獣はときに空を飛び、地に潜み、水を泳ぐ。火を噴いて何もかもを焼き尽くすこともあれば、冷気を操り溶岩すらも凍りつかせることもある。翼、くちばし、たてがみ、ひづめなど、時に応じてさまざまな描写で飾られるものの、ずばり「虎」とか「獅子」のようにその姿を断定する文言は、少なくとも古い語りにはないのだそうだ。
 ただ、「額の白い星」という描写だけは何度も繰り返される。魔獣がどんな姿をしているとしても、その額には必ず誇り高い白い星が輝いている。
 だから、儀式に連れていく獣としては、頭部に白毛があるものが喜ばれる。産地が魔獣の森に近ければそれに越したことはない。
獣売りから儀式用の獣を買うのは、そういう時代の流れに従ったことなのだ。普段は狩猟の獲物や、家畜の種つけなどで稼いでいる彼らは、新年の儀式を目当てに白毛の獣を集めてくる。普通に売ればほとんど値段らしい値のつかない小鳥や栗鼠などが、祝儀も乗せれば五倍もの値になるのだ。
「だから、香鈴は勘違いしてるんだよ」
 陽林の大声に、連枝ははっと我に返った。
「森で採れたのがいいんだろ。それが何だよ、『南国の』なんてさ。珍しくて値段が高いだけじゃないか」
「……まあ、伝説の通りなら、そうなるけどさ」
「なんだよ」
 む、としかめ面を寄せてくる陽林に、連枝はたじろいだ。
「おまえ、悔しくないのかよ」
「悔しいって……」
「あいつがわざわざ高い獣取り寄せるの、当てつけだろ、おまえへの」
「そんなことは……」
 陽林は濃い眉をきつく寄せてますます険しい表情になった。
「誰だって知ってる。あいつ、ずーっとおまえのこと目の敵にしてるじゃないか。親が偉いからってあいつが偉いわけじゃない。だいたい女の癖に生意気なんだよ、国立学校行って学者になるだなんて」
「陽林」
 連枝は少し声に力を込めて、陽林の声を遮った。
「香鈴が試験に受かったのは、香鈴本人の努力と才能だよ。私学ならともかく、国立学校の試験に賄賂がきくとは思えないし……長は、そんな人じゃないよ」
 それから少し頬を緩めて、
「それに、『女の癖に』なんて言ってるのを聞かれたら、あとが怖いんじゃない?」
 ほら、と土に汚れた指で陽林の背後を示す。
 実習畑の柵に手をかけて、髪の長い、頬の紅い娘が立っているのを見つけると、陽林は慌てて両手の泥を払った。娘は小さく手を振った。
「連枝、悪い、ちょっと、俺」
「わかってるよ。後はやっとく」
 ほら、と追い払うように手を振ると、陽林は畝を跳び越し跳び越し娘のもとへ駆けていった。
 はっきりと言われたことはないが、あれは陽林の恋人なのだと思う。去年青年式を迎えたのを区切りに分教場を離れ、家の手伝いをしている娘だ。
 半分凍りかけた畑を掘り返し、冬のために埋めて貯蔵していた芋を掘り返しながら、連枝は溜息をついた。
 春に姉が結婚するという。陽林自身の青年式にも費用はかかる。相手の娘にもたしかまだ学齢の弟がいたはずだ。互いに青年を迎えていても、正式の婚約を交わすのはなかなか難しい。
 しかも相手が年上となると、いつまでも待たせてはいられないだろう。今は相手の両親からも付き合いを認められているようだが、結婚が遅れそうになれば仲を裂かれないとも限らない。
「……僕のことに構ってる場合じゃないだろ」
 芋を掘り出した跡の穴に呟く。言葉を隠すように埋め戻す。
 それからふと視線を上げた。
 実習畑は、森のはずれの木を倒して開墾した。畑の土を作るときに、落ち葉をたくさん鋤き込んだのもあるだろうが、森の近くの畑は作物の実りが他とは違う。この豊かさは、肥やしのせいだけではないような気がする。
 調べてみたい。けれども、本当に連枝の思う通りだったとしたら、そしてそれを大きな声で皆に言ってしまったら、森は際限なく伐られてしまうような気がする。
 それは嫌だ。だから、こうして一人でできる範囲で記録を残していくしかない。
 ちょっと背後を振り返り、陽林と娘が互いに照れながら話し続けている様子を確かめると、連枝は上着の隠しから小さな帳面を引き出して、一畝分の収量を書き付けた。
(やっぱり、他の畑より多い。……古い畑だって森から落ち葉を運んでるし、土は十分肥えている。日当たりだって向こうのほうがいいはずなのに、なぜ)
 連枝の視線は、いつもいつの間にか森に向かっている。


 それから間もなく学校は冬の休暇に入り、雪が降った。
 新年の支度に忙しい家々の中でも、成年式を迎える家は特に華やいでいた。門さきに魔獣の護符を貼り、赤い木の実の枝を飾っているのですぐにわかる。近所の者はそれぞれの分に応じた祝儀を届ける。
 年が明ければすぐ、獣売りが来る。
「連枝、寒いだろう。もういいからお入り」
 母に呼ばれて、連枝は薪割りの手を止めた。
「火のそばにおいで。お茶を入れるから」
 皮膚が切れそうなほど冷たい水で洗った手をあぶりに炉に近づくと、縫い物をしていた姉が膝を払って立ち上がった。
「これ、どうかしら。お隣さんが譲ってくれたのよ」
 ばさ、と肩に布がかけられた。苔色の織物のマント。色は褪せているが、ところどころに金糸の輝きがまだ残っていた。
「派手じゃないかなあ」
「お祝いだもの、派手なくらいでちょうどいいのよ。丈が少し長いから詰めて、余った布で帽子を作ろうと思うの」
「儀仗はお父さんのを使おうね」
「大げさだよ、照れくさいよ」
 温まった手がぴりぴりと引きつれるように痛みはじめる。
「似合うよ、兄さん」
 姉のそばで同じように針を持っていた妹も言葉を添えた。膝掛けの上に色とりどりのビーズが入った箱を載せ、マントの縁に縫い付けていたらしい。
「儀式っていうのは大げさなもんなのよ。ほらみんな休憩!」
 母が運んできた湯気のたつカップをそれぞれ取る。ほのかな甘さが身にしみた。
「清風、起きてて大丈夫?」
 線の細い妹は、色白の頬をほんのり上気させて頷いた。
「刺繍って面白いね。こういう仕事に向いてるかも」
「根を詰めすぎちゃだめよ。まだ時間はあるんだから、ゆっくりね」
 連枝の父は、五年前に病で死んだ。母と姉が農作業の手伝いや針仕事で生計を支え、近所も何くれと気を配ってくれているが、暮らしは貧しい。そのうえ、まだ幼い妹の清風は体が弱い。
 祝いよりも家族のために金を使ってほしいと言いたい気持ちを茶で飲み込んで、連枝は椅子を立った。
「ごちそうさま。長のところに行ってくるね」
「もう行くの? もうちょっと休んで……」
作品名:魔獣つかい【サンプル】 作家名:みもり