道化師 Part 1
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朝から梅雨の時のようなしとしとと雨が降っていた。明日は、高校の入学式。この雨が止んでくれるといいなと、窓ガラスをしずくが流れていくのを眺め思う。
自分が立てた音以外に聞き耳をたてる事もなく、日常に追われ、寂しいと感じなくなっていくのか、いつの間にか一人でいることに慣れてしまう、そんなことはありえない。
賑やかな場所から抜け出せば寂しいと感じるし、家に帰れば自分以外の人の声がないことに現実を思い出す。
手を伸ばしても、家族の温もりに触れることも、家の中に話し声で満たされることもない。俺にはもう取り戻す事はない。
一人で過ごすには広すぎる家から、一人用のマンションに部屋を借りた。
俺は、サクヤさんにジャズ喫茶「シャドウ」に連れて行かれたその日から、オーナーの木島亮という男に会ってから、ホンの少しだが、進む道を見つけられたような気がする。
ただ単に、時間つぶしのように男に身を任せることもなくなった。今日も店で静かな暖かい時間を過ごしに家を出る。
何も入学式を明日に控え、その前までバイトに行く事ないだろうと普通は思うのだろう。だが、俺にはこの家にいるより、店にいる時のほうが生きてるような気がするから、毎日店に向かう。
亮に入学式なんだから早く帰れと、夜が明ける前に追い出された。仮眠ぐらいの浅い眠りで目が覚めてしまった俺は、かなり早い時間に学校の門を飛び越え、誰もいない裏庭へ向かったていた。そこは、試験の日に桜が咲いたら綺麗だろうなと思っていたところだ。
桜は、八部咲きぐらいだろうか。立ち尽くす俺の周りを風に吹かれ花びらが舞っていた。
退屈なだけの入学式を追え、教室に引き上げた先で、腕を思いきり掴まれかっこ悪く尻餅をつき睨みあげる俺の視線を、へらへらと笑いながら手を合わせ謝っている。
間違いなく俺の前で笑っているのは、今朝方、会ったばかりの男だった。
朝、早めに家を出た俺は踊り場で、階段から降ってきた人間に見事にクッションにされた。俺がいつまで乗ってんだと叫びそうになった時、
「はぁ~、助かった~」
のんびりした声が聞こえてきた。
だが、俺に馬乗りした人物は相変わらず俺の上だ。
「退け!」
「え!」
「え!じゃない!、退け!」
「あ~ごめんごめん」
俺は制服の汚れを払いながら、改めて声の主を見た。同じ制服みたいだ。だが、俺より20センチは下にある顔は中学生にしか見えない。ポカンと俺を見上げてるだけで、何も言いそうにないので、俺は、一人階段を降りた。
今度も、こいつは俺を・・・。周りは喧嘩が始まると遠巻きに眺めているから、怒りが冷えていく。立ち上がり全ての視線を無視して、教室のドアをくぐる。見物人からは、ホッと安堵のため息が背中に聞こえ、それがまた俺を不機嫌にする。
作品名:道化師 Part 1 作家名:友紀