子供でもいいかもしれない
取り残される
家族が旅行に出かける日は、朝からしとしとと雨が降っていた。階下から楓のにぎやかな声が聞こえてきていた。せっかくの旅行に雨で文句を言ってるようだ。
俺は、ベットの中で『ご愁傷様』と思いながらまだ、うつらうつらしていた。
「お兄ちゃん、行ってくるね。部活なんて嘘なんでしょ。彼女連れ込んだりしないのよ。」
部屋のドアから頭だけ覗かして、楓はとんでもない事を言ってくれる。
「馬鹿言ってないで、早く行け!」
「お土産何がいい?」
「いらないよ」
「ふ~ん、じゃ、適当に買ってくる」
「ああ、気をつけてな。」
「うん、行ってきま~す。」
俺は、布団から手を振っただけの緩慢な動作をかえした。
家族が出かけて静かになって、俺はやっと気兼ねなく眠れるとホッとしながら布団に潜り込んだ。その時はまだ、さっきまでのにぎやかさが戻ってきてほしいと切実に感じるときがくるなんて思いもしなかった。
家に一人だという気軽さで俺は、夜遅くまでビデオを見たりしていた。遠くからの電話のベルに呼び覚まされた俺は、ビデオを見ながら寝てしまったんだと、半覚醒の頭で考えながらまだ鳴り止まない電話に急いだ。
電話口から聞こえてくる内容に俺は、言葉も、思考することも忘れたように受話器を握り締めただ呆然と立ちすくんでいた。
その後、俺はどうやってここへ来たのかよく思い出せない。暗い部屋の中に俺はいた。俺の前には白いシーツを掛けられ横たわる物でしかない家族。
刑事の人たちは見ないほうがいいよと言うが、俺は確かめたかった。このシーツの中身を。後でどんなに後悔しようとも、見ないで後悔するほうが耐えられないような気がした、その時は。
だが、俺の見たものは、家族だとわかるものではなかった。真っ黒に焼け、顔の判別もつかない程酷いものだった。家族は温泉に行く途中で追突事故に巻き込まれ炎上、燃え尽きるまで手の施しようがないほどだったらしい。
そんな刑事の説明も耳を素通りしていた。何とか龍也に連絡をしたら、一海ともう一人背の高い青年と一緒に駆けつけてくれた。俺は、龍也の顔を見た途端、感情が爆発したみたいに、龍也にしがみつき泣き続けていた。
頭の中が空っぽになるぐらい泣いたような気がした。声を出して泣いてもいいんだと、許してくれる友が俺の側にいることにその時初めて知り、すがれる胸に感謝した。
龍也が一緒に連れてきた背の高い青年は、龍也のお兄さんの朔也さんだと紹介された。
「後の事は僕が手伝ってあげるから、ちゃんと天国に送ってあげよう。」
朔也さんは、俺の肩を叩き、励ますように言ってくれた。俺は、止まったはずの涙が頬を流れていった。朔也さんが全てを取り仕切ってくれ、親たちは煙となって天に登っていった。
俺は、朔也さんに一言礼を言いたくて、建物の中を一人歩いてた。奥の部屋のドアから明かりが漏れていた。
『あれだな、控え室は』
俺はドアの取っ手に手をかけたが、中から聞こえてきた声に動きが止まる。
「残されたのは子供一人か?」
「子供って言っても、もう立派な大人じゃないの」
「いくら見た目が大人でも、まだ中学生だ。施設にでも放り込むしかないだろう」
「でも、施設は中学生は受け入れないんじゃないの?」
「だが、身内はいないみたいだぞ。哀れだな、中学生で天涯孤独ってやつだな。」
「あ~嫌だね~、何で私らがこんな面倒な事に首突っ込まなきゃいけないのよ」
「仕方ないだろう、町内会の世話役なんだからよ。文句言うなよ、俺だって嫌なんだからよ。」
「ふん、身寄りのいない年寄りにでも、小間使い代わりに養子にでもさせて引き取らせたらいいんじゃないの」
ドアの外で聞いていた俺は、怒りで震える手でドアを押し開けた。
「ふざけるな、俺はお前たちの世話なんか必要ない。親が残してくれた家も金もある。一人でやっていける。いらぬ節介だ。俺の前から消えろ!」
地の底から響くような声に、大人二人は慌てて部屋を出て行った。一人部屋に残った俺は、くやしくて握り締めた手から血が滲み出していた。
怒りが薄れてくると周りが見えてくる。それは、自分が一人だと実感する事でもあった。あの時は、大人の理不尽な言葉に底知れない怒りを感じていたからか、どうやって家に帰ったのかも、よく覚えていない。記憶の片すみに龍也と一海の心配そうな顔、朔也さんの抱きしめられた腕の強さと、変な言葉。
朔也さんは、たしか「何故、笑おうとする?」と言っていた。俺は、あの時笑っていたのか?
手のひらに残る爪に引き裂かれた傷跡を見つめながら、ただ今日は何も考えず眠りたいと思った。家族の声で目を覚ましたいな~と、思ううちに俺の意識は薄れていった。
作品名:子供でもいいかもしれない 作家名:友紀