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幻燈館殺人事件 後篇

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「こ、子供たちが変な声さ聞こえる言うから、案内してもらって一緒に見に行ったんだ。子供たちに聞いたらええ!」
「そう。言いたいのはそういうことだよ」
 蜂須賀は相変わらずの無感情な声で続ける。
「犯人ではない確証のない者を信用しないのは構わないが、調べようともせず、あまつさえ、村の者ではない、という事由のみで判断するなど、警察官として以ての外だ。そんなことでは解決できるものもできなくなる。考えを改めてもらわねばならん。加えて言っておくが、村の者ではない皆川君が出歩いたならば、誰かが目にして覚えているだろう。ここはそういう村のようだからな。皆川君が人目を盗んで現場まで先回りするのは不可能。そしてそれは――」
「それはそのまま蜂須賀さんにも同じことが言える、ということですね」
 皆川は赤碕を諭すように柔らかく言った。
 蜂須賀は、赤碕が反論してこないことを確認したのち、現場に横たわる被害者のもとへと歩を進めた。
 そして、遅れて歩み寄る皆川を待つことなく、掛けられていた荒いござを捲る。
 目を引く頭部の裂傷。そこから噴き出した血が顔面を染めいている。
 血と土とで酷く汚れているが、ひと目でそれと分かる上物のシャツ。
 両腕は肘と手首の間、両足は脛にそれぞれ大きな裂傷があり、そこから先は不自然な角度で曲がっている。
「ぅ……あ」
 蜂須賀の背後で、皆川が呻く。
「確かに惨いな」
 そう言った蜂須賀は、眉一つ動かしていなかった。
「恥ずかしながら、死体を見るのは初めてで……」
「恥じることはない。誰にでも初めての経験というものはある」
「面目ありません」
「この頭部の傷が致命傷と見てほぼ間違いないだろう。血ではっきりとは見えないが、恐らくは一撃だ。首の骨も折れている」
「それでは犯人は男ですね。女にそんな力があるとは思えませんし」
「四肢を破壊し抵抗力を奪ったのちの、頭部への一撃だ。男であれ女であれ、正気の沙汰とは思えんな」
「殺人を犯すような人間は、そもそも正気ではないと思います」
 皆川は鼻息を荒くする。
「全く以てその通りだ。それで、被害者の身元は分かるかな?」
「足利義史。足利のご当主さまです」
 そう答えたのは、皆川ではなく赤碕だった。
「足利?」
「父親は足利海運の社長です」と皆川が補足する。
 足利海運は帝都でも名の知れた、屈指の海運業者だ。
「ほう、あの足利か。当主にしては若いな」
 見た限りでは、三十路前といったところだ。
 蜂須賀は捲り上げていたござを元に戻した。
「凶器は?」
「傍にあった石に血が。後ろの大きな石と、その下に転がっているものです」
 赤碕が指し示したのは、人の頭三つ分ほどの大きさの岩と、蜂須賀が履いている靴と同程度の大きさの石だった。どちらもおびただしい量の血液が付着している。
「この二つを使って四肢を砕き頭部を割ったと見て間違いない。これでは証拠の隠滅などいらぬ心配だったようだな」
 蜂須賀は周囲をぐるりと見回した。
 現場は、村から山中へと続く道を見下ろす崖の上だ。
 切り立った、と言えば大袈裟になるが、大人が手を伸ばしても届かない高さの崖上にあり、登るのは勿論のこと、下ることも大きな危険を伴う。崖下の道からは崖上の様子を窺うことはできず、崖上に行くためにはぐるりと回り込むしかない。同様に、崖下に行くにも回り込むしかない。
「赤碕君。一応確認しておくが、犯人と思しき人影は見ていないのだな?」
「はい。何にも」
「なるほど。犯人は赤碕君が到着する前に逃げ去ったか、近くに潜み野次馬に紛れる算段か。どう思う?」
 蜂須賀は、赤碕を見る振りをして、集まっていた野次馬の人数に変わりがないことと、誰も入れ替わっていないこととを確認する。
「今あそこにいるのは、子供たちが呼んできた村のもんばかりです」
「確かかな?」
「下の道を通って回り込んでくるのを、この目でちゃんと見てました。村のもんだからって庇ったりはせんです」
「ふむ。村を出る道は幾つある?」
「東と南に一つずつ。あとは西側に隣村への山道が一つあります」
「というと、この道はどこに繋がっている?」
「少し進んだところに神社があります」
「誰か住んでいるのかな?」
「宮司とその一家が」
「ならば、誰か来なかったか確認しておくことだ」
「はい。早速行ってきます」
 赤碕は姿勢を正し敬礼する。
「待ちたまえよ」
 颯爽と走り出した赤碕だったが、五歩と進まないうちに蜂須賀に呼び止められた。
「他にもやることはある。村を出た人物がいないかどうか確認すること。被害者を恨む人物の有無、被害者の周囲で起こった出来事、それらを調べてくれ。初動が肝心だ。それに、被害者をこのまま野晒しにしておくわけにもいかん。急いでくれたまえ」
 命令し慣れた人間の声には、逆らい難い何かが宿っている。初対面であっても、むしろ初対面であればこそ、無意識に従ってしまう。
 経験の浅い赤碕に抗う余地はない。
「ど、どれから取り掛かればええだ!?」
 大至急全てをこなさなければならない、という強迫観念に迫られた赤碕は、その顔をみるみる引き攣らせていった。
「神社は引き受けよう。あそこの人は余所者にも優しいからね」
 見兼ねた皆川が、手助けを申し出る。
 そうして、赤碕の代わりに走り出した皆川だったが、三歩と進まないうちに蜂須賀に呼び止められた。
「皆川君。君は署に事の次第を連絡し、指示を受けるんだ」
「え? しかし、蜂須賀さんが指揮をなさればよろしいのでは?」
「ここにはここのやり方があるだろう。それを土足で踏み荒らすわけにはいかんよ。だからといって、面子なんぞに拘って犯人を逃がすつもりもない。できることはやっておく」
「分かりました」
 言葉とは裏腹に、皆川は不満顔だ。
 そんな皆川を横目に、蜂須賀は立ち竦んでいる赤碕の肩に手を掛けた。
 そうして囁く。いつもよりほんの少しだけ口調を揺るめ、ほんの少しだけ温かみを加えて。
「村の者に協力を頼め。君は毎日巡回し、村人と触れ合ってきたのだろう? その忠勤が今ここで役に立つ。子供たちが報せに来たのが何よりの証だ。自信を持て」
「は、はい!」
「ところで赤碕君。子供たちが耳にした変な声とやらは、君も聞いたのかな?」
「い、いえ、自分が現着したときには、何も聞こえませんでした」
「では、その子たちの話を聞きたい。できれば直接」
「分かりました。声を掛けておきます」
「うん。だが、さすがにここではまずい。話を聞くのは駐在所に戻ってからだ。そのように頼む」
「了解しました!」
 赤碕は返事とともに敬礼し、これまでの一部始終を見物していた野次馬たちのもとへと走った。
「さて、皆川君」
 蜂須賀はおもむろに皆川の目を覗き込んだ。
「手が足りないのは君も重々分かっているのだろうが、この寒空の下で現場を保持しておかねばならない身としては、一刻も早く応援を呼びに行って欲しいのだが」
「あ、失礼しました!」

作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近