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幻燈館殺人事件 後篇

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* 4 *


 のどかと言えば聞こえはいいが――。
 村を二時間ほど散策した蜂須賀は、そのような感想を抱いた。
 蜂須賀が見たものは、犬が寝ていたり鶏が歩いていたりといった、山間の村と聞けば誰しもが思い浮かべるであろう風景であり、寂れているわけでもなく、貧困に苦しんでいるわけでもない。幻燈館という極めて異質な存在を除けば、ありふれた農山村の姿だ。
 しかし、決定的に違う点が一つだけある。
 この村は、余所者に対して酷く排他的だった。
 すれ違う村人も、垣根越しの視線も、余所者は出て行け、という意思を十二分に感じさせるものであり、さすがの蜂須賀もいい気分はしなかった。
 そんな事情もあって、村人に話し掛けることをしなかった蜂須賀は、ついぞ花明を見つけることができなかった。尤も、村人に話し掛けなかったことも、花明を見つけられなかったことも、その最大の要因は蜂須賀が本気で見つけようとしていなかったことにある。
 蜂須賀は足を止め、黒くそびえる幻燈館を振り返った。
 幻燈館は村のほぼ中央にある。
 住居の影にさえいなければ、村のどこからでもその姿を確認することができ、土地勘のない蜂須賀であっても、目的地が幻燈館である限りは迷うことはない。
 少なくとも帰り着くことはできるという安心感が、村を散策する蜂須賀の足取りを軽くしていたのは間違いない。
「そこにいるのは、もしかして蜂須賀さんですか?」
 蜂須賀は、自分を呼ぶ聞き覚えのある声に視線を移す。
 聞き覚えがある、という程度の認識しか持たなかった時点で、声の主に対する興味を失っていた蜂須賀だったが、興味がないからといって自分を呼ぶ声を無視するほど身勝手な男でもない。
「皆川君か」
 名を呼び返す蜂須賀のその声は、相手に対する関心というものを微塵も感じさせない。
 理由は至極単純。
 蜂須賀は皆川に何の用もない。名を呼ばれたから振り向いた、ただそれだけのこと。関心もなければ感情もない。期待と現実との差に落胆したりもしない。
 目の前にある現実を受け入れて、それに見合った対応をしただけのことだ。
 だが蜂須賀は、すぐにその対応を改めることになった。
 皆川には二人の同行者がいた。一人は十歳ばかりの男児、もう一人はその姉と思わしき女子。その二人は、声にこそ出していないものの、蜂須賀に声を掛けるために立ち止まった皆川に対して、抗議と催促の視線を送り続けている。
 蜂須賀は、皆川を急かす幼子二人の険しい表情から、何らかの異常事態が発生していることを察し、その事情を知っているであろう皆川が足を止めて自分を呼んだことから、一刻を争うようなものではないことを察した。
「まんじゅうです。一緒に来ていただけますか」
 皆川のそれは、拒否を許さぬ物言いだった。
 器の小さな者であれば、目上の者に対して何という言い草か、と激怒するような行為である。
 しかし、階級という立場を無視した行為は、蜂須賀には心地の良い響きであった。
 立場の差という剣を突き立てて刻んだ境界線。蜂須賀は、未だそれを踏み越える方法を知らない。だからこそ、踏み越えんとする者には好意を抱き、敬意を払う。
 たとえそれが、ただの無自覚であっても、ただの礼儀知らずであっても、だ。
「まんじゅう……か」
 死体が見つかった。そういう意味だ。
 蜂須賀は、険しい表情のままの二人の子供を見やり、この二人は状況を理解しているのだろうか、と考えた。
 その問いに、その答えに、果たして何の意味があろうか。蜂須賀はそう自嘲する。
「何か役に立てることもあるだろう」
「助かります」
 皆川は短く礼を述べ、二人の子供とともに走り出した。
 子供の足だ。それほど速くはない。しかし、たっぷり二時間歩き回ったあとの蜂須賀にとっては、少々骨の折れる行軍となる。
 向かう先は村の北東。
 幻燈館を背に進む蜂須賀の視界に映った山の端は、ほんのりと茜に染まっていた。

 *

 蜂須賀は、村の外れまでやってきた。
 辿りついた現場には、数人の野次馬らしき村人に混じって、一人の制服警官の姿があった。
 皆川の姿に気が付いた警官は、高く上げた手を大きく振って皆川の名を呼んだ。
「彼は村の駐在の赤碕(あかさき)です」
「随分と若く見える」
 蜂須賀は率直な感想を漏らした。
「先月二十六になったと聞きました」
「その若さでは大変だろう」
「暇を見ては顔を出すようにしているのですが、うまくやっているようですよ」
「優秀なのだな」
「若さが良い方に働いているのだと思います」
「君のことだよ」
「は?」
 足を止めた皆川を置き去りにし、蜂須賀は制服警官に歩み寄った。
「あんたは?」
 赤碕が怪訝な顔と声とで蜂須賀を牽制する。
「この方は帝都からいらした蜂須賀警視正」
 皆川の声が蜂須賀の頭を飛び越える。
「帝都から? だら、あんたよそもんけ。よそもんは信用できね。現場に近づくでね」
「赤碕!」
「皆川さん、はよこっちへ」
 皆川の叱責もどこ吹く風。赤碕は皆川だけを呼び寄せる。
 蜂須賀は一言、ふむ、と唸り、皆川を手で制止した。
「皆川君も余所者ということになりはしないのかな?」
 蜂須賀は鋭利な言葉を突きつける。
 字面ではない、声の質が抜き身の刃なのだ。
「皆川さんは確かに村のもんではないけんども、この件とは無関係だ」
「なぜそう言い切れる」
「一緒に駐在所さいたから」
「なるほど。赤碕君は、犯人が存在する事件、つまりは殺人事件の可能性があると見ているのだな。そして、犯人が犯行に及んだと思わしき時間、駐在所にいた皆川君は容疑者から外れる、という理解で良いのかな?」
「そんだ。それがどした?」
「……であれば、駐在所にいた皆川君に犯行は不可能。皆川君が駐在所にいたことを証明する証人もまた、犯行は不可能となる。したがって、赤碕君も容疑者から除外される。だが、本当にそれで良いのか?」
「目の前にいる人間が、別の場所で人を殺せるはずがあんべ?」
「では、赤碕君が考える犯行時刻、つまり皆川君が駐在所にいた時間帯を確認してみようか。皆川君、駐在所に行ったのはいつ頃のことかな?」
「え、あ……蜂須賀さんを幻燈館にお送りしたあと、その足で駐在所に行きました」
「そして?」
「しばらく話をしたあと、巡回の時間になった赤碕が駐在所を出ました。それから、あの子たちが呼びに来るまで留守番をしていました。ご存知でしょうが、蜂須賀さんに会ったのは現場に向かう途中のことです」
「留守番とは?」
「赤碕は独り身なので、昼前と日没前に行う巡回の間は駐在所が無人になります。上からも言われているのですが、立ち寄った際はできるだけ手伝うようにしているんです」
「皆川君は日没前に巡回が行われることを知っていたのだな。であれば、日没前の時間帯、つまり赤碕君が巡回に出る時間に会う約束を取り付けておき、赤碕君が巡回に出た直後に現場まで先回りすれば、犯行は可能ということになる」
「は、蜂須賀さん!?」
 狼狽を見せる皆川を余所に、蜂須賀は続けた。
「同様に、赤碕君にも犯行は可能だ」
「村の駐在がそんなことしね」
「警察官であることは犯人ではない証拠にはならない、という見解を示したのは君だよ」
作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近