幻燈館殺人事件 後篇
「違うな。花明栄助がいたからこそだ。出会い別れには別の繋がりが存在している。花明栄助という存在がなければ、今日ここにいることはなかったのだからな。加えて言うならば、顔を合わせないように奇咲蝶子を避けていたこと、中止し凍結させたはずの研究を花明が完成させようとしていると言ったこと、そんな僅かな不自然と違和感の糸を縒り集め、そこから考えられる可能性を全て潰した結果だ。恨むなら、花明と繋がりを持ってしまった自分を恨め」
「本当にそう。私と花明栄助との間には、貴方が言う通り別の繋がりがある。澤元嘉平、あの男さえいなければ、こんなことにはならなかった」
坂上はこくこくと語り始めた。
「私の父は、澤元と同じ民俗学者だった。父が発表した論文を、研究を、澤元が否定したの。そうしたら、誰も父の話を聞かなくなった。どっちが正しいかなんて答えがでないことなのに、澤元が白と言えば白で、赤と言えば赤になってしまうの。そんなのおかしいじゃない。相手にされなくなった父は教授を続けられなくなり、大学を追われた。澤元が父の研究を否定したから、父は全てを失ってしまったの。
父は自ら命を絶った。首を吊ってね。家に帰ったらね、糞尿の匂いがしたの。父が首を吊って、死んでいたの。報せを聞いた澤元がすぐに訪ねて来たわ」
――なんて言ったと思う?
坂上は冷たく笑った。
「意見を対立させることでより深い研究ができるって言ったの。わざと父の研究を否定していたって、そう言ったのよ。死に追いやっておきながら、ぬけぬけとそう言ったのよ。
父の死から数年後、澤元の悪行を知った。澤元は父の研究を盗み、本にしていた。
そのとき私は決意した。澤元の研究を否定してやる、父が正しかったことを証明してやるってね」
「それで、君は父親が正しかったと証明することができたのか? 三人の命と一人の人生を弄んだだけにしか見えないが」
「貴方には分からないわ」
「分からなくて結構だ。花明はどこだ」
坂上は答えない。
「顔を知られている花明の存在は大きな障害となる。早い段階で排除したかったはずだが、花明の死はまだ確認されていない。君がどこかに隔離していることは分かっているんだ」
「知らないわ」
「協力する気はない、か。それもよかろう。ならばこちらで捜すまで」
蜂須賀は、拘束するよう指示をだした。
「花明の存在を知ったのは、昨日の奇咲蝶子に会ったとき。山本六郎太から毒を受け取る前だ。そのときすでに毒を持っていたのなら、花明に使えば済んだ話だからな。殺していないということは、時間がなかったか、山本六郎太から毒を受け取ったあとにでも毒を飲ませるつもりだったのだろう。ということは、どこかに閉じ込めておいたと考えることができる。ところが、毒の受け取りに問題が発生して、思いのほか時間が掛かってしまった。その間に花明は何らかの防衛策を練っていたのだろうな。アイツは聞き分けはいいが諦めが悪い」
「けれど蜂須賀さま。館の中は捜し尽くしましたが、花明さまはどこにも」
花明のインバネスが部屋の外套掛けにあったことから、奇咲蝶子も花明が幻燈館のどこかにいるのではと考え、館内の捜索を行っていた。それでも花明は見つかっていない。
「この幻燈館には、誰かに隠し事をしていても咎められることなく、強く追及されることもない人物がいる。それも二人も」
「まさか……でもどうして」
二人のうちの一人である奇咲蝶子は、残る一人を瞬時に思い浮かべていた。
残る一人は、九条千代。奇咲蝶子の娘だ。
「余所者に分かるのはここまで。その場所まで案内してもらえますか」
「ええ、行きましょう」
奇咲蝶子は踵を返して扉に向かう。その動きに微塵の迷いもない。
「もう遅いよ」
その背中に、坂上が勝ち誇った声を投げた。
「どういうことかな?」
蜂須賀は無表情無感情に問う。ただし、その声は恐ろしく冷たい。
「花明栄助のところには、毒を飲ませた九条千代を放り込んできた。父親だの不浄の血だのと訳の分からないことを言ってたからね、殺戮衝動がどんなものか、ちゃんと教えてあげようと思ってね。どっちかは死んでるよ。でも、どっちも死んでるかもね」
「貴様!!」
「意外ね。あの沈着冷静な蜂須賀さまが取り乱すなんて。でもこれで大事なものを奪われる痛みと苦しみが少しは分かるんじゃないかしら」
「黙れ、外道が」
蜂須賀はその身を包む憎悪を隠そうともしなかった。
作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近