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幻燈館殺人事件 後篇

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 広間に別種の緊張が生まれる。この場いない人物で、犯人である可能性を持つ者として思い浮かぶ人物は二人。その一人が九条千代。
 足利麗子はそれを望む一人だ。九条千代が犯人であれば、継承権を奪い奇咲蝶子を幻燈館から追い出すこともできる。そうなれば、総裁代行になるのは自分だ。
 副署長もまたそれを望む一人だ。九条の財を吸い上げることはできなかったが、蜂須賀の鼻を明かすこともできる。副署長は今もまだ蜂須賀も九条の財が目当てで近づいたのだと思っている。そして、足利麗子ならば篭絡できるという根拠のない自信を持っていた。
「では山本六郎太の話を続ける」
 蜂須賀の凛とした声がそれぞれの思惑が交錯する沈黙を切り裂いた。
「山本六郎太の家を捜索させたところ、こんなものが見つかった」
 蜂須賀は上着の内ポケットから小さな包みを取り出して、広間のテーブル上に広げた。和紙によって幾重にも包まれたその中身は、キノコを縦に薄く切ったものの一枚だった。
「キノコのようね」と足利麗子が言った。
「その通り。これはキノコ。しかし、ただのキノコではない」
「それ、毒キノコですよ」と秋月が言う。
「その通り。このあたりの山で採れる毒キノコ。村で生まれ育った者ならば食べてはいけないことを知っているそうだ」
 足利麗子は余所から嫁いできた。九利壬津村の生まれではないし、足利家における食材の仕入れや料理の類は、全て担当の使用人が行っている。知らないことは責められることでもなければ恥じることでもない。
「亡くなったのはそれを食べたから?」
 秋月は汚物を見るような目でテーブル上に置かれたキノコ片を見た。
「彼の死因は圧死であって、毒物によるものではないと断っておく。では何が問題なのかというと、ただ切っただけとはいえ、加工された状態で発見されたことだ。彼は力仕事を請け負っていたが、本職は木こり。赴任したばかりの赤碕巡査に毒キノコの存在を教えている。知らないことなど考えられない。つまりは食べてはいけないことを知っていた。では何のために毒キノコをこのように薄く切ったのか」
「誰かに食べさせるためかな」
 壬生法継の言葉は、全員の注目を集めた。
「やっぱりその男が二人を殺したってことじゃないの」
 足利麗子が鼻息を荒くする。
「毒素を抽出したと見られる搾りかすも発見された。その一枚は、何かの拍子に転がり落ちたことに気付かなかったものだろう」
 蜂須賀は続けて全員に問う。
「このキノコの毒がもたらす症状をご存知の方は?」
「食べてはいけないとしか言われていませんね」と秋月が言う。
 当然、副署長は首を横に振り、赤碕も同じくした。
 足利麗子はというと、目を逸らして何も答えない。
「直接摂取したわけではないけれどね、知っているよ」
 壬生法継が毒性の説明を始める。
 主な症状は幻覚と錯乱であり、キノコの持つ毒性そのものは死に直結するものではないという内容だ。
 このキノコの毒を摂取した者は幻覚が見えるようになり錯乱が起こる。注視すべきは‘このキノコの毒がもたらす症状’ではなく、‘毒殺が目的ならば致死性の高い毒キノコが他にあった’ということだ。したがって、山本六郎太が必要としていたのは致死性の毒ではなく、幻覚と錯乱をもたらす毒であったことになる。
 蜂須賀は壬生法継の視線を受け止め、大きく頷いてみせた。
「犯人の目的は、山本六郎太が用意したその毒を手に入れることにあった。異なる言い方をするならば、山本六郎太に毒の入手を依頼した人物が犯人となる」
「殺人が目的ではなかったということなの?」と足利麗子。その表情には、とても信じられないわ、と書いてある。
「この先は順を追って説明していかねばならない。一先ず仮説として聞いてもらいたい」
 蜂須賀は一同を見渡し、異論が出ないことを確認する。
 一言、では、と前置いて話を再開した。
「足利義史は山本六郎太が用意したその毒を飲まされた。あの場所で飲んだのか、飲んだあとに移動したのかは不明だが、とにかく幻覚に襲われて錯乱状態に陥った。落ちていた石を使って自らの足を砕き、両腕は別の石に打ち付けて破壊した。そして最後に、全体重を掛けて石に倒れこみ、自らの頭を破壊した。その際に首の骨も折れたと考えられる。足は正面から破壊されていたが、腕は裏側、肘を曲げた際に外側となる面から破壊されていた。防御創だと見ていたが、自ら打ちつけた場合も同じ面を損傷する」
 蜂須賀は、テーブルの端に自らの腕を当ててみせる。
「重度の麻薬中毒者には、自傷行為の果てに命を落とす者もいると聞く。足利義史は幻覚に襲われて自らの手で体を破壊した。つまりは自殺。そう考えたならば、声を聞いてすぐ現場に向かった赤碕巡査が犯人を見ていない理由も説明できる。犯人、足利義史に毒を飲ませた人物は、あの場にいなかったのだ」
「子供たちが声を聞いたときには、すでに一人だったということですか」
 そう言う赤碕は、驚きと納得とが入り混じった顔をしている。
 蜂須賀は、そういうことだ、と頷く。
「まさか、六郎太さんも!?」
「赤碕巡査、良いところに気付いた。彼を殺害する理由があったとしても、あれほど大きな男を相手にするのはおよそ現実的ではない。だが、錯乱の末に自ら棚を引き倒しその下敷きになったとすれば、どうだろうか」
 荒らされた庫内の惨状も、幻覚と錯乱の中にあった山本六郎太が全部一人でやったということだ。大立ち回りなどなかった、と蜂須賀は付け加える。
「政重さまはどうなるのでしょう?」と秋月。
 単純に純粋に、疑問に思ったことが口を突いて出てしまったようで、早くも発言を反省している。
 深津政重の体には、背面に多数の打撲痕があった。如何に幻覚に襲われ錯乱していたとしても、自分ではそのような傷を残すことはできない。足利義史とも山本六郎太とも、明らかに状況が異なる。
「それこそ単純な話だ。何者かが殴った、それだけのこと。毒を飲まされ錯乱状態に陥った何者かがね」
「なるほど。それで俊継はあんな状態になってしまったのか」
 蜂須賀以外の全員が、壬生法継に驚愕の顔を向ける。
 壬生法継は微笑みを絶やすことなく続けた。
「隠してどうなるものでもない。息子は罰を受けなければならない」
「貴方の息子が義史さんを殺したのね!」
 足利麗子が金切り声を上げて掴み掛かろうとしたが、すんでのところで秋月が止めた。三歩遅れて赤碕も制止に加わる。
 壬生法継は、それでも微笑みを絶やすことなく続けた。
「違うとも言い切れない。現場と神社との往復なら、誰にも姿を見られることはないからね。息子は千代さまに恋心を抱いていた。自分を含む後継者たちの存在が彼女の邪魔になることを知り、排除しようと考えたのかもしれない。こんなことになるなら、壬生家が継承権を捨てた理由をもっと早くに話しておくべきだった」
 表情も口調も変わらないが、壬生法継は全身から悲愴感を発していた。それに気付いた足利麗子は、だらりと力を失った。
「壬生俊継には山本六郎太を殺害する理由がない」
 蜂須賀はきっぱりと否定する。
「口封じのためでは?」とすぐに赤碕が問う。
作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近