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幻燈館殺人事件 後篇

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* 15 *


「私なんかが一緒でいいのでしょうか?」
 坂上蛍は、不安を全面に押し出して何とか拒否できないものかと言葉を繰り出し続けていた。
「坂上君でなければ務まらない役がある。花明を助けるために協力して欲しい」
 蜂須賀は、坂上を置き去りにするほどの勢いで歩き続けていた。
 手が届かないほどの高さにある窓から差し込む冬の陽光は、黒塗りの廊下に敷かれた深紫の絨毯にまでは届いていない。
「村の偉い人たちがいるんですよね?」
「確かに足利と壬生の代表がいる。だが、何の心配もない。何もその人たちに向かって啖呵を切れと言っているのではないのだ」
「そんなことを言われても、やっぱり私、行けません」
 坂上は駄々を捏ねる幼子のように廊下の真ん中で立ち止まった。その後方から、エプロンドレスを着た使用人が台車を押してやってくる。
 その姿を目にした蜂須賀は、坂上の横に並んだ。
「丁度いいから紹介しておこう。彼女が話していた坂上君だ。坂上君、こちらは幻燈館の使用人、笹垣君だ。所用で席を外す奇咲蝶子女史の代わりに同席してもらう」
「あ…坂上です。どうも」
「少し遅くなってしまった。ほら行くぞ」
 蜂須賀は坂上の腕を掴んで歩き出す。
「分かりました、分かりましたってば。自分で歩きます」
「もう着いた。この部屋だ」
 蜂須賀は坂上を廊下に残して部屋に入り込む。遅れて坂上も足を踏み入れた。
 足利麗子と足利家の使用人の秋月。その隣に壬生法継。駐在員の赤碕がいて、横の椅子に副署長が座っている。
 蜂須賀はつかつかと奥まで進み、坂上には副署長の隣の席を勧めた。
「赤碕巡査、すまないが紅茶を配るのを手伝って差し上げてくれ」
「分かりました」
 全員の手元に紅茶のカップとソーサーが置かれているのを確認し、
「さて、お待たせして申し訳ない。始めようか」
「深津さんの姿が見えないけれど?」
 壬生法継がそのように問うのは予定調和だ。
「深津政重の親族、父母弟妹は現在この村を離れていて、父母が今日の夕刻に戻る予定だったとのこと。深津の方にはのちほど改めてお話しする」
 そこで蜂須賀は一同を見渡し、口を開く者がないことを確認して話し始めた。
「皆さんにお集まりいただいたのは、犯人の目的をお話しするため」
 蜂須賀は高らかに宣言した。
「最初に遺体が発見されたのは足利義史。四肢と頭部を石で破壊され死亡。巡回中の赤碕巡査が第一発見者。発見のきっかけとなったのは子供たちが聞いたという声。おそらくそれは足利義史が今際の際に発した声で、赤碕巡査が発見したのは死亡した直後だったと思われる。村方向にいた赤碕巡査が誰ともすれ違っていないことから、犯人は村とは反対方向、生部神社のほうへと逃げ去ったものと推測され、二時間も経たぬうちに山狩りが開始された。同時刻、九条千代の後見人として参列予定であった花明栄助の消息が分からなくなり、現在も捜さ――」
「そいつが義史さんを殺したのよ! 早く捕まえなさいよ!」
 蜂須賀の声を遮って、足利麗子が金切り声を上げる。
 足利麗子は蒼白な顔で肘掛にしがみつくようにして座っており、傍目にも話を聞けるような体調ではないことが窺えた。息子を殺した犯人を知りたい一心でこの場にいるようだ。
 使用人の秋月が同席しているのは、足利麗子が急激に体調を悪化させた場合に備えてのことだ。
 蜂須賀は足利麗子が口を閉じるのを待って話を再開した。
「深津政重の遺体が発見されたのは、今日の正午頃。場所は生部神社の境内。発見したのは囲碁を打つために訪れた二人の村人だが、時間的に見てこの二人が犯行に及んだとは考えられない。家を出た時間と道中での目撃証言が一致しているうえ、深津政重は木刀のような棒状のもので執拗に殴打され死に至っている。傷痕の多さが長い時間を掛けて殴り続けていたことを物語っている」
 全員が蜂須賀の次なる言葉を待つ。
「どちらの場合も、発見者と犯人は別人だとするのが妥当と考えた」
「だから言っているでしょ! あの女が殺させたのよ!」
「麗子さま、あまり興奮されては」
 秋月がなだめる。あまり効果は見られないが、口を閉じさせることには成功したようだ。
「皆さんは、山本六郎太という男を知っているだろうか」
 蜂須賀はより高らかに、より大きな声で言った。
 まず秋月が頷き、続いて壬生法継が頷く。そして、笹垣は意外な名前を聞いたためか目を見張り、足利麗子は狐につままれたように呆け顔を晒した。
「その男が義史さんを殺した犯人なの?」
 消え入りそうな声で足利麗子が問う。
「彼は今日、遺体で発見されました」
 笹垣が口元を押さえて息を飲む。
「用済みになったから殺されたのね。あの女に!」
 足利麗子は叫ぶ。顔面蒼白であるがために、より恐ろしい形相に見える。
「奇咲蝶子が、継承問題で障害となっている足利義史と深津政重の殺害を山本六郎太に依頼。依頼が達成されたあと、用済みになった山本六郎太を殺害した。と、こう仰る?」
「そうに違いないわ」と足利麗子は得意気に言い切る。
「山本六郎太は村の力仕事を担当していた。九条家にも出入りしていたし、足利家にも出入りしていた」そこで秋月が頷くのを確認した蜂須賀は「深津家にも」と続けた。
「勿論、うちにもね」と壬生法継が最後に付け加える。
「ところが山本六郎太は女性に色目を使う男だった。女と見れば見境無しに手を出して体を触ったり、卑猥な言葉を浴びせて反応を楽しんでいた。秋月さんも彼からそんな辱めを受けた経験があるでしょう」
 秋月は顔を赤らめて、はい、と肯定する。
「彼が魔の手を伸ばす対象には、奇咲蝶子も含まれていた。山本六郎太の被害にあった奇咲蝶子は、彼に仕事を回すことを止めている。殺人のような大それたことを依頼するのであれば、わざわざ波紋を残すような真似をする必要はない。彼女は急激な関係の変化は返って疑いを招くということを十二分に知っている」
「それを逆手に取った、ということは考えられないかな?」と壬生法継が言う。
 これもまた予定調和だ。
 自分が疑われるようなことをするはずがない、という先入観は大きな障害となる。
「山本六郎太は、足利義史より先に死んでいた。二人を殺害することは不可能」
「じゃあやっぱり後見人のあの男、花明栄助がやったのよ。勿論、あの女の命令でね」
 足利麗子は、山本六郎太が二人より先に死んでいたという事実には関心を示しもせず、奇咲蝶子が黒幕だという主張のみを続ける。
「今は犯人の目的についての話をさせていただきたい。そのためにまずは山本六郎太の話を終わらせたい」
「そんなことを言って、本当は何も分かっていないのではなくて?」
 悪態をつく足利麗子を、今度は壬生法継がたしなめる。
「犯人の目的よりも、犯人が誰であるかに関心を持つのは当然のこと。結論の一つを先に述べておこう。足利義史と深津政重の命を奪った人物は――」
 全員の視線が蜂須賀に集中する。
 ある者は思い込みの果てを、ある者は利益追求のため、ある者は真実を求めて。
「この中にはいない」
 安堵する者はいなかった。落胆する者もいなかった。
作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近