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幻燈館殺人事件 後篇

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 いつも通りの無表情無感情。捜査を指揮する蜂須賀警視正の姿。
「別段、隠すつもりはなかったのだけれどね」
 会話の主導権はすでに法継の手から離れている。法継本人もそれを把握し理解し、流れに任せることに決めたようだ。
「では、その人物に話した内容と同じものを聞かせていただきましょうか」
「お話しするのは吝かではないけれどね。全く同じ内容を話せる自信はないよ。なにせ十年以上も昔のことなのだからね」
 少し長くなるよ――そう前置きして、‘壬生’法継は語り始めた。

 *

 九利壬津村には伝説がある。
 それは戦国の時代、ともすればもっと昔の話だ。
 村は野盗に襲われた。山間の小さな村には武装した集団に対抗する手段などあるはずもなく、野盗側もそれを承知で薄皮を剥ぐが如く毎日少しずつ略奪を行った。子の前で母を犯し、母の前で子を殺め、家屋に火を放つ。
 野盗は悪逆非道の限りを尽くし村を蹂躙し続けたが、村人はただただ神仏にすがるしかできなかった。
 食べ物も家畜も全て奪われてしまい、村にはもう何も残っていない。嵐が止んで野盗がやってきたならば全滅は必至。そんな状態になったとき、奇跡は起きた。
 嵐の中で神仏に祈り続けた村人の前に、神か仏か、とにかく人ならざるものが降臨し、野盗を追い払うための神通力を与えた。
 その村人の子孫が九条家であり、その血を絶やさぬために三つの分家が作られた。
 力を得る代償として、降臨した人ならざるものを祀り続けることを約束したため、土地を離れようとすれば祟りが降りかかるのだという。

 迷信と哂われることもあるただの伝承。
 時を経れば、伝承の内容は変化もするし劣化もする。事実は不明。事実だったらしいことが語り伝えられるのみ。
 文書は残されているものの、降臨した人ならざるものの姿を知る術はない。また、野盗を追い払うための神通力の正体も明らかになっていない。
 生部神社に祀られているご神体は木を男根の形に彫ったものであり、降臨した人ならざるものを祀った社は、神社とは別にあると考えられている。
 九条家と三つの分家は、授かった神通力を失わぬようにと互いに婚姻関係を結び、その血を薄めぬようにした。だが実際は、権力の分散を避けるための方策であったという。
 それを裏付ける証拠はないが、四家の者が神通力を使えたという話は一切残っていない。

 壬生法継はおおよそそのような内容を話して聞かせたと語った。
 話はそれだけでは終わらず、同じ推論を披露したという人物――澤元嘉平――が持参したという書物の話に移った。

 澤元嘉平が偶然見つけたというそれは、武士の時代に書かれたとされる古い古い日記であり、晩年になって旅を始めた医者のものであった。
 とある山村で診察を行っていたときのこと。医者は、地下の座敷牢に幽閉されている一人の男を診察することになり、その男から、人を殺したことがある、と告白されたと記されていた。
 医者は、余所者ですぐに村からいなくなる自分に話せば少しは気が楽にもなるだろう、とそのように考えて、男の話を聞くことにした。
 男は、唐突に人を殺したくなった、と言った。
 男が手に掛けてしまったのは、村の者ではあるが男はその顔も知らなかった、そんな全くと言っていいほど繋がりのない相手であったという。
 男は言った。
「殺したいと思ったときに目の前いた。だから殺した。またいつ殺したいと思うか分からない。だからこうして座敷牢に入っている。坊主にも祈祷師にも頼んだが駄目だった。旅の医者がいると聞いて、藁にもすがる思いで頼んでいる」
 医者は正直に答えた。
「この世にある病を知り尽くしているなどと嘯(うそぶ)くつもりはないが、人を殺めたくなる病などは聞いたことがない。大変申し訳ないが、治療のしようがない。一つ聞くが、おまいさんは今も人を、目の前にいるこの私を殺めたいとそう思っているのかい?」
「いいや。またいつ殺したいと思うか分からない。だからこうして座敷牢に入っている」 男は同じ言葉を同じ調子で繰り返した。
 これは埒があかないと思い、立ち去ろうと腰を上げた瞬間、医者の頭に一つの疑問が浮かんだ。
「坊主も祈祷師も駄目だったと言ったが、駄目だったと分かるのはどうしてだい? もう殺めたいだなんて思わないかもしれないじゃないか」
 相手が座敷牢の中にいたので、医者は安心して思ったことをそのままに告げた。
 すると、男はこう答えた。
「知りたいかい? どうしてもってんなら教えてやる。坊主も祈祷師も、殺した野郎と同じ顔してやがったんだ。勿論、あんたも同じ顔に見える」

作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近