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幻燈館殺人事件 後篇

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* 14 *


「これは復讐でしたのよ」
 奇咲蝶子は静かに語った。
 まず最初に口にしたのは、代美が身篭っていたのは怜司の子ではないことだった。
 代美は九条大河の愛人であった。すべからく、代美のお腹の子は大河の子ということになる。それは花明も怜司も十年前に知っているはずだと言った。
 代美が身篭ったことで、大河は妻であった吉乃を排除する計画を立てた。その計画は怜司に発症した殺戮衝動を利用して吉乃を殺害させるというものだ。殺害の計画に利用するのだから、九条の血筋に発症するという殺戮衝動は実在するし、その発症を計算することも可能だったということが窺えた。
 吉乃が殺されたのは今から十五年前。その翌年、千代が生まれる。
 大河と代美の子である千代は、怜司の腹違いの妹となる。怜司に代わって相続する権利はある。だが――
 九条千代は、大河と代美の子でもない。
 大河と代美の子である千代を怜司の子に見せかけるためには、妊娠の時期を誤魔化す必要があった。そのため、代美は奇咲の実家に帰って出産した。
 代美が実家に帰ってすぐ、蝶子もまた実家に帰った。その胎に来島武人の子を宿して。
 奇咲の家で流産したのは、蝶子ではなく代美だった。妊娠中も飲酒を続けていたのだから当然だと蝶子は吐き捨てるように言った。
 それからしばらくして、蝶子は代美からおぞましい提案を聞かされる。
『ねえ蝶子。その子、私にちょうだい』
 そのあとすぐに来島武人が投獄され、二ヶ月後に獄中死を遂げる。
 失意のどん底にあった蝶子は、子の将来を考え、自分も一緒に暮らすことを条件に我が子を差し出すことを決めてしまった。
 代美の子ではなく蝶子の子。これは九条大河さえも知らないことだった。
 幻燈館に入って一年。蝶子は来島が冤罪によって投獄されていたことを知り、復讐を決意する。それは、我が子・千代を後継者に据えて九条家を手に入れるというものだった。
 だからこそ、十年前のあのとき、怜司が大河を刺すのを止めなかったし、怜司の駆け落ちを止めることもしなかった。そして、その後も怜司を捜そうともしないばかりか、転落事故で死んだという事実を作り上げた。
 こうして蝶子は、大河と代美、そして怜司までをも九条家から排除することに成功した。
 あとは時が過ぎるのを待つばかり。蝶子の計画は成功するかに思えた。

「けれど、問題が一つございました」
 奇咲蝶子は微笑みをたたえている。
「九条家の血筋に発症する殺戮衝動。その正体が分かりませんでしたの。足利や深津にお尋ねするわけにもいきませんし。ほとほと困っていたところ、澤元教授が現れたのです。そして『この先、九条家の血筋のことで困ったことがあったら、花明栄助を頼りなさい。必ず解決してくれる』とこう仰ってくださいました。殺戮衝動のことだとすぐに分かりました。今にして思えば、千代の素性をご存知だったのかもしれません」

 九条の血を引いていない千代は殺戮衝動を発症することはない。普通に暮らしていれば身を穢すことはない。しかし、殺戮衝動が発症しないことで、千代の素性に疑いを持たれる可能性が生まれる。
 蝶子が知っているのは、怜司の殺戮衝動は母・吉乃を殺害したときに発症しているということだけだった。
 その当時、怜司は十九歳であったから、おおよそそのあたりの年齢で発現するものであろうとの予測を立てた蝶子は、千代がその年齢に至る前に後継者として周囲を認めさせてしまえばよいと考えた。
 外戚である自分が実権を握り、疎ましさを感じさせておけば、対外的には九条の血を引いていることになっている千代に実権が移るのであれば、そう強く反対はできないだろうと。それが甘い考えであったことを、年を経るごとに痛感させられた。

「九条の後継者に対して不満が表明された場合、分家である足利、深津、壬生のそれぞれの代表者を合わせた四人の中から、より後継者にふさわしい者を選定することになっているそうです。それは古い戦国の習わしですから、まさか本当にそんなことをするとは思っておりませんでしたの。
 ですから、千代が総裁になったあと、わたくしは幻燈館を離れて一切関わらないことを約束し、それと引き換えに足利と深津の両家には千代の相続を認めさせました。殺戮衝動が発症しないという唯一残っていた課題も解決できたのです。
 あとは、お披露目の日を待って、正式に後継者となり、時機を見て総裁に――わたくしの復讐はそのとき完了するはずだったのです」
 奇咲蝶子がたたえていた微笑みは、話の中で悲しみの色を濃くしていった。
「九条千代は私の子です。私と来島武人の子です」
 つう、と一筋の涙が頬を伝い、流れ落ちた。

 *

「もう一度お願いできますか?」
 そう聞き返されて、蜂須賀は遠慮なく不快を返した。
「聞き取れなかったのか? それとも理解できる頭がないのか? もしや、理解する気がないのか?」
「い、いえ、決してそのようなことは。ただ、あまりにも捜査方針が変わっておりましたので」
「捜査が進めば状況は変わる。臨機応変な対応ができなければそれは無能の謗りを受けることになるだけだ。君は無能か?」
 蜂須賀は、面と向かって話している男の名前を知らない。名前は聞かされたものの、覚える価値を見出せなかった。それゆえ、すぐに忘れた。
「九条千代、奇咲蝶子、両名を容疑者から外す。と言ったのだ。山の捜索隊から一部を残して警官たちを呼び戻せ。村内の捜索隊を組織し、村外から訪れていた人物を洗い出せ。他に消息が分からなくなっている人物がいないか徹底的に調べろ。以上だ」
「しかし、容疑者から外すのであれば、それなりの理由がですね」
「理由は指揮官が把握していればいい。黙って指示に従え。一刻を争う」
 蜂須賀は幻燈館の一室を借り、そこを捜査本部と定めた。すぐに捜査班の幹部たちが集められ、新たに指揮官となった蜂須賀による最初の指示が出されたところだ。
「蜂須賀さん、大変です」
 焦燥した声とともに、皆川が駆け込んでくる。それを合図に、方針変更に異を唱えていた幹部たちが引き下がった。
 どうやら署長派と副署長派とに分かれての派閥争いがあったようだが、蜂須賀にはどうでもよかった。
「坂上さんがどこにもいません。今朝方、駐在所に行くと言って出て行ったきり戻ってないそうです」
 ふむ、と口を真一文字に結び、思考をめぐらす蜂須賀。
「彼女の話をもう一度聞いておきたかったのだが、仕方あるまい。彼女は村の者ではないから、出歩いていれば目立つ。心配ではあるが村内の捜索隊に任せよう。皆川君、君は山本六郎太の現場検証に同行してくれ。何かあれば報告を」
「分かりました」
 一通りの指示を出し終えた蜂須賀は、椅子に浅く腰掛けて足を組み、右手を左脇に、左手を顎に当て、じっと物思いにふけた。
 奇咲蝶子の話を思い起こす。
 なぜああもあっさりと話すことができたのか。蜂須賀はそれが引っ掛かっていた。
 自分の子を奪われた復讐として、自分の子に財産の全てを相続させ、家を乗っ取る。一見これはれっきとした復讐のように見えるが、一呼吸置いてから眺めてみれば、何のことはない養子として入った家の家督を継ぐだけのことだ。
作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近