幻燈館殺人事件 後篇
「勿論ですよ。犯人に繋がる有力な手掛かりを得たのです。その確認のために九条千代に話を聞く必要がありましてね。ただその前に、やはり当主代行である奇咲蝶子に断りを入れておくのが筋であろうと思いまして」
蜂須賀は、にたり、と笑うその顔にはっきりと嫌悪を抱いた。そして、同時に憐れみを覚える。
同じ顔を、たくさんの同類を目にしてきた。
周囲を利用することを第一とした行動理念を持ち、吸い尽くし、踏み台にし、見捨て、その存在をも忘れる。勝者と敗者のみが存在する明確な弱肉強食を強要する。
人の心は誘惑に脆い。目の前に幸福が転がっていれば、誰でも目を奪われるし、誰でも手を伸ばす。
この男は奇咲蝶子の刃に魅入られてしまったのだ。
奇咲蝶子が持つ、男を虜にする甘美で艶やかな凶器。九条千代を守るためだけに磨き上げ、研ぎ澄ました凶刃。愚かなる男どもは、刺されたいという願望を直隠しにし、手玉にとってやろうと虚勢を張る。しかし、実は見惚れてしまったその瞬間に勝敗は決している。
分かっているのだ。抗ってみせなければ、決して刺してはもらえないことを。だから懸命に抗ってみせる。母親に構ってもらうために泣き叫ぶ子供のように。
「知っていると思うが、中央では組織の再編が行われている。都合の悪い輩を地方へと出向させ、代わりに地方からの出向を受け入れる。その候補を見定めるためにここにきている。本来ならば秘匿されるべき話を聞かせた意味、分かってもらえるかな?」
「え、ええ。勿論です」
「ならば、九条家の土地を選んだのも、後見人と親交を深めてある理由も、分かってもらえるかな?」
「は…それは……」
「聞きたいのはな、長年に亘って積み上げてきたそれらがもたらしたであろう恩恵を超える成果を、今からやろうとしていることで実現できるのか、ということだよ。可能ならば言うことはない。しかしそうではないのであれば――」
「か、可能です!」
「では納得させてもらいたい。上からの指示を受けて動いている。横槍を入れてかっさらうような真似をすればどうなるか」
「説明させていただきます。ですが、その…」
ちらり、と蜂須賀の後方に視線を送る。
「我々は部屋の外にいます。何かあれば呼んでください」
視線を受けた皆川が率先し、赤碕や副署長の取り巻きたちを連れて部屋を出る。
「では、聞かせてもらおうか」
蜂須賀が無感情にそう言うと、副署長はたどたどしく話し始めた。
「死体が発見されたのです」
作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近