幻燈館殺人事件 後篇
蜂須賀の言葉の意味を理解し、皆川はごくりと生唾を飲み込んだ。
「真相に近づいた際、素早く対処できるように、ですか」
「皆川君は随分と恐ろしいことを考えるのだな。確かにその可能性もあるが、あの口振りからは全く逆だと考えられる」
「逆、ですか?」
「そうだ。最後の最後に警告を与えて、思い留まらせるためだ。赤の他人から受けた警告と、多少なりとも親しい間柄の者から受けた警告とでは大違いだろう」
「澤元教授の研究は事件とは無関係なのでは?」
「無関係?」
蜂須賀は視線を皆川へと向けた。
普段からあまり感情を表に出さない蜂須賀の視線は、たとえ本人にその気がなくとも、相手を萎縮させるものとなる。
「そうだったな。皆川君は殺人事件の犯人を捜しているのだったな。はっきり言っておくが、捜しているのは殺人事件の犯人ではなく、花明栄助という男だ。さらに言えば、花明は殺人事件の犯人ではない」
「何か分かったんですか?」
皆川は即座に問い、蜂須賀は体の向きを皆川へと向けたが、時を同じくして廊下で板張りの軋む音が鳴ったため、再度廊下側へと向きを変えた。
「ようやっと落ち着いてくれたよ」
「お騒がせしてしまいました」
「いいよ、気にしなくて」
「では、迷惑ついでに一つ。一晩部屋をお貸し願いたい。代金も支払いますので」
蜂須賀を除いた全員が、その発言に驚きを見せる。
「なんだい、三人ともかい?」
「いえ、泊まるのは一人です」
「一人なら、まぁ……食事は出せないよ?」
「ええ、構いません」
「そうかい。もう宿はやってないけど、特別だよ。客用の布団はとっくに処分してるから、家族が使う布団で我慢しておくれよ。部屋を用意するからそのまま待っていておくれ」
離れてゆく足音に背を向け、蜂須賀は坂上に向き直る。
「さて、坂上君」
「は、はい」
「花明を手伝いに来たと言っていたが、手伝える程度の知識があることを期待しても良いのかな?」
「え…っと、どういうことですか?」
「単刀直入に言う。教えて欲しいのだ。花明がこの村で行っていた研究とは何なのかを」
作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近