幻燈館殺人事件 後篇
「お互いに、と言っただろう。君に花明を犯人扱いされて、心中穏やかでいられなくなった自分に気が付いたのだよ。だから、はっきりと認識しておこうと思ってな。これは自戒だ」
蜂須賀は、語調を変えることもなくさらりと自省してみせ、皆川は、そんな蜂須賀を目の当たりにして、ただ言葉を失った。
両者の間には、圧倒的な、絶望的な、雲泥とも言える器の差がある。
「奇咲蝶子が花明を擁護したのは、招待主として招待客を守るため、あるいは、首謀者として共犯者を守るため、この二つが考えられる。これら二つは、それぞれ二人が結託していない場合と、結託している場合とで分かれている。だが、奇咲蝶子が二人の結託を疑われている状況を把握していることを踏まえれば、もう一つ選択肢が増える。二つを複合した、第三の選択肢。皆川君、分かるかな?」
「二人は結託しておらず、且つ、奇咲蝶子が事件の犯人である場合、ですね」
「その通り。正確には、奇咲蝶子が花明以外の何者かと結託して犯行に及んでいた場合、だな。花明と奇咲蝶子との共犯関係が捜査の前提にあっては、花明の無実はそのまま奇咲蝶子の無実を証明することにもなる。そのまま捜査を打ち切ることは無いだろうが、証拠を消し逃亡する時間稼ぎにはなる。そう考えれば、わざわざ花明の無実を訴えてきた理由も見えてくる」
「奇咲蝶子の行動は、注意を逸らすためだと?」
「花明が無実であるという私情が入り込んでしまっているから、断定はできない。あくまでその可能性もあるという程度でしかない」
「そうですね。反対に、奇咲蝶子が犯人ではないという可能性もありますからね」
皆川は自嘲するように言った。
「そういうことだ。今は冷静を欠いている。少し時間を置こう。構わないかな?」
「ええ、構いませんよ。……時間と言えば、遅いですね」
「坂上君か」
「見てきましょうか」
返事を待たずに廊下へと向かった皆川は、扉を抜けてすぐに、それこそ扉を閉める間もないほどすぐに立ち止まり、蜂須賀を振り返った。
「程よく戻ってきました」
蜂須賀は大きく頷いて了解の意を示し、着替えの入った鞄を掴んで立ち上がる。
廊下では、皆川と坂上の二人が横並びに蜂須賀を向かえた。
「寄るところができた」
蜂須賀のそれは了承を求めたものではなかったが、何らかの決意を感じとった皆川と、赤碕のいる駐在所には戻りたくない坂上が異を唱えることはなかった。
そうして、蜂須賀は歩き出す。
ともすれば平衡を失ってしまいかねない混迷の道を、確かな足取りで。
作品名:幻燈館殺人事件 後篇 作家名:村崎右近