関西夫夫 ポピー4
夜の繁華街なんで飲み屋は大量にある。店の名前を探しても、なかなか見つけられへんで、ふたりして立ち止った。場所は、この周辺ではある。しゃーない電話するか、と、思ったら、「やあやあ、ご両人。」 と、聞きなれた声が背後からする。振り向いたら、佐味田のおっちゃんや。
「うわぁー最悪の展開やなあ。」
「なんでやねん。東川から聞いて、わざわざ案内に来たったのに。なんちゅー失礼なことぬかしてけつかる。ほれ、行くで? 」
有無も言わさず、佐味田のおっさんは歩き出した。ものすごい細い路地に入り込んでいく。
「こんなとこ、絶対にわからんやん。」
「せやから、東川が案内したろって言うたんや。わしらは、ここいらのことは、よー知ってるからな。・・・・・ここや。」
スタスタと歩いて止まったのは、小さな店やった。店表は、喫茶店みたいで中が見えない。入れ、と、言われて扉を開けたら、中は、ほんまに靴屋やった。
「すまん、堀内のとこのもんや。」
「はいはい、お待ちしてました。こちらに用意してますんで、どうぞ。」
間口は狭いが、奥は割りと広かった。見た目には女性モノばかり飾ってあるが、奥に男モンの靴が並んでた。俺のサイズは堀内も知ってるから、ちゃんと、そこいらが用意してあると店の人は説明してくれた。ついでに言うと、俺の亭主も、ほぼ同サイズなんで、問題はない。
「通勤でしたら、この辺り。遊び用は、こちら辺りが妥当ですやろな。色の好みがありますやろうから、いろいろと試してください。」
十数足はある。確かに、涼しい感じの靴やった。ほな、選んで、と、亭主に言うと、はいはい、と、俺に合いそうなとこを指差した。
「ここいらがええんちゃうか? スーツの色から考えたら。」
「おまえは? 」
「俺は・・・・黒かこげ茶あたりやな。無難なとこがええ。」
花月が指差したやつを履いてみると、確かにサイズはきっちり合ってた。それに皮が柔らかいらしく、どこもキツキツするとこがない。スーツやらと合わせて考えてくれるので、俺は、それで納得しているから決定も早い。
「ほな、これ。」
花月のほうは、三足ぐらい試して、こげ茶色の靴に決めた。どうせ仕事用なんで、それほど拘りはない。五分とかからへん。これで、と、決めたら店の人は、はいはいと箱に入れてくれる。金は堀内持ちやから値札もついてなかった。
「代金は、堀内さんに請求させてもらいますから、このままで。」
「はい、おおきに。」
そこそこの値段がするんやろうが気にしてはいけない。どうせ、この分は来月の出張の手当ても含まれている。亭主が紙袋を持って店の外へ出たら、佐味田のおっさんがタバコを吸っていた。
「え? もう終わったんか? 」
「選ぶだけやからな。おおきに、おっさん。」
「うーん、もうちょっとかかると思てたんやけどなあ。まあ、ええか。」
「はい? 」
すちゃりと携帯を取り出して、どっかへ電話している。「終わった。」 という報告らしい。堀内やろう。さて、これで帰れるわ、と、ふたりして路地を歩き出したら、「待たんかいなっっ。」 と、怒鳴られた。
「なんや? 」
「まだや。」
「はあ? 」
「このあと、メシじやっっ。大人しゅう、そこで待っとけ。」
「いらんでっっ。俺らは、メシ食いに行くねんから。」
「このどあほっっがっっ。道案内したってんから、わしに付き合うんが筋やろ? 思てたより早かったんで、嘉藤が、まだや。」
あれ? なんかおかしなこと言うてはるで? と、花月と視線を合わせた。なんや画策されているらしい。逃げるか? と、考えたら、おっさんに腕を捕まれた。
「逃亡すんな。せっかくタダメシ食わせてやる言うてんのや。」
「うっさいのー。あんたらとメシなんかいらん。」
「そう言いなや、みっちゃん。おまえらにも食わせろって堀内さんから言われてるんや。せやから東川と嘉藤も合流する。」
「それやったら、おっさんらだけで行け。」
「ええがな。たまには、わしらも爆弾小僧の顔が見たかったんや。だいたい、嘉藤が奢ったろって言うた時も逃げたんやろ? 大人が奢ったろって言う時に逃げるやつがあるかいっっ。」
「余計なお世話じゃっっ。」
スネを蹴って逃亡するか、と、思ってたら、花月が俺の肩に手を置いた。まあ、待て、ということらしい。
「なんで、俺まで奢られるんや? そういうことやったら、水都だけでええやろ? 」
「それはやな。おまえらが、勝手に泊まりとってたもんやから経費が浮いてもーたんや。その分を消費しときたいってことなんや。同じホテルに泊まったら、全部経費になったのに。」
「はい? 」
「見積もりしてた分を相手に支払いさせるんや。多少の水揚げは添乗員やら、わしらにも渡してくれることになってたんやけど、取り分が予想より多いんや。みっちゃんが泊らへんわ、タクシーも一回やわでな。そこで、メシぐらい奢ってチャラにしとこうってことなんや。せやから、メシ。」
「それ、俺には関係ないやん。」
「あるがな。こいつ、おまえがおらんとメシ食わへんし、不機嫌やし。だいたい、おまえを外して晩飯なんか無理やろ? みっちゃんは逃亡するだけや。」
今回の中部からの視察旅行の予算というものがある。それに見合うように辻褄を合わせてあるらしいが、適当にピンハネはすることになってたらしい。それが額が多すぎるんで、俺らにも還元してやろうということになった、と、佐味田のおっちゃんは説明した。俺が本来なら使った分が丸々と浮いてるらしい。まあ、交通費も泊まりも、こっちで手配してたわけやから店からは出してない。
腕を捕まれたまま、とりあえず路地からは連れ出された。そこから、通りを歩く。
「別に、奢ってもらわんでも放置してくれたほうが、ええんやけどな。」
「そう言うな。わしらの慰労会なんやから黙ってメシだけ食え。」
通りをあっちこっちと歩いて、大きな店の前で東川さんが待ってた。締めはしてきたで? と、笑っている。
「くっそーそういうことか。」
「いや、ちゃうで? みっちゃん。靴屋のほうは、ほんまに、おまえのサイズを揃えるのに時間がかかったんや。夏物の靴は、出始めの頃で種類を用意するのが大変なんや。・・・・久しぶりやな? 爆弾小僧。」
「なんで、逢わなあかんねんな。」
「はははは・・・・わしらも今回はストレスが溜まったんや。せやから、おまえの嫌がる顔でも眺めてメシ食おうってことになってな。あいつらの言うことは、あほすぎて疲れた。今日は、なんでも好きなもんを食うてくれ。」
ぶっすくれてた俺の亭主は、溜め息をついた。まあ、靴とメシがタダなんで、しゃーないか、と、諦めた様子や。いや、逃亡したらええやんか、と、視線で言うたら、あかん、と、視線で止められた。
「タコあるか? 明石の。」
「どうかなあ。好物か? 」
「俺やない。水都が気に入ったらしいんや。できたら刺身で。あと、鯛茶漬けも頼むわ。・・・・俺らはメシ食ったら帰るで? 」
「それで結構や。ほな、行こうか? 」
「えーーーーー。」
俺が抵抗したら、亭主が、こそっと耳打ちした。
「タダメシじゃ。いちゃこら食って、二度と呼ぼうと言わんほど、あてつけたろ。」
「はい? 」