関西夫夫 ポピー3
「なぁーにが、頭脳戦じゃっっ。単なる暇つぶしに電話かけんなって言うてるやろっっ。ほんで、今、接待中じゃっっ。どあほっっ。三途の川で頭冷やしてこいっっ。」
「また、そうやって、すぐ怒る。カルシウム足りてないんちゃうか? カルシウムのサプリぐらい呑んだら、どーや? 」
「カルシウムは足りてる。おっさんの日本語が、きしょいだけや。・・・あ・・・言うて欲しいん? 」
そこで東川さんに脇を突付かれて気付いた。客が沈黙して、こっちをじっと睨んでいる。そういや、こういう場合は演技やったなーと思い出した。言うてくださいよー、と、堀内が言うので、「好き好き愛してる、ダーリン。・・・・こんでええか? ほな、さいならっっ。」
「はい、おおきに。さいなら。・・・・爆弾小僧にもよろしゅうな。」
「いらん世話じゃっっ、ぼけっっ。」
携帯を切って東川さんに返したら、周囲が同時に息を吐いた。そして、関西の面子は吹き出した。
「はははは・・・・みっちゃん、もうちょっと演技上手ならんとあかんで? あんな棒読みしたったら、堀内さん、呆れるやろ? 」
「いや、あれでええんちゃうか? 佐味田。みっちゃんの愛想ないのが、堀内はんはお気に入りやからなあ。あはははははは。」
「すんませんなー、みなさん。専務が、みなさんに牽制してるんですわ。ほんま、独占欲の強い人なんで。さあ、どうぞ、続きをやってください。」
東川さんが取り成して、客にビールを注ぐと、相手も笑い出した。もちろん、旅行前に注意はされたらしい。
「堀内さんが、我々のところへ来て、絶対に、うちの愛人は構うな、と、おっしゃいました。酔うと危ないので、酒も飲ますな、と。」
「本当に大事にしてるんですねぇ。・・・・あれで、通常会話なんですか? 嘉藤さん。」
「まあ、あんなもんですわ。こっちに戻ったら、触りたおしてますで。本社では、やってませんか? 」
「はい、触られてます。沢野さんも一緒になってやってます。一種のパフォーマンスなんだろうと思っていたので、驚きです。」
「あの人ら、うちの部長に、ベタ惚れですわ。ははははは。」
あることないこと言いたい放題に、佐味田さんと嘉藤さんが、吐きまくるが、俺は苦笑しておく。そういうことになってるから、そういうことで通すのは基本やから、かまわへん。とりあえずは、これで、ゴタゴタ五月蝿くされへんので、俺はレイコを吸い上げた。
「浪速さん、ここんとこ、専務も常務も、戻られないのは寂しくはないんですか? 」
「別に寂しくはないです。むしろ、おおきにありがとさんですわ。あのおっさんら、五月蝿いから仕事にならへんし。それに、何ヶ月かに一回は、あっちへ出張ることになってるから、それでなんとかしてます。」
「この間の会議の前に、お手当ての話しておられましたよね? あれって本当に? 」
「もらいますで。堀内のいきつけの店で買えって、さっき言うてました。」
「なにをお手当てしてもらうんや? 部長。」
「靴。夏の涼しい靴が欲しいんよ。」
「ああ、それはええなあ。通気性のええやつは、俺も欲しい。」
「夏向きのはいいですねぇ。どこのを選ばれるんです? 」
「さあ、店行って夏向きの靴を注文するだけなんで、どこのかは行ってみやんと、なんとも。たぶん、堀内が注文しといてくれるんで、行けば出てくると思いますで。」
「イタリアのがお勧めです。造りが、しっかりしていて崩れない。」
「いや、フランスのもいいですよ。デザインが洒落ているのは、フランスです。」
やいのやいのと客どもが靴自慢を始めた。どこのがええなんて、俺にわかるわけがない。俺の亭主と一緒に行って、ええとこを亭主に選ばせるので、デザインとか興味はない。それを決めてくれるんは、俺の亭主のほうやからなあ。盛り上がっているので、適当に相槌うって、俺は冷たい料理を口にすることにした。最初から並んでるのは冷めたやつなんで、いきなり口にしても熱くはない。
「みっちゃん、ここいらは冷えてるわ。」
「おおきに、東川さん。・・・・靴って、そんなに種類あるもんなんか? なんか、やたらと訳解らん名前で言うてるけど。」
「ブランドの名称や。ほら景品のバックとかブランドのベラボーに高いやつがあるやろ? あれ、靴とかも作って売ってるんや。そのメーカーを言うてはる。」
「あーあれか。・・・・・あづっっ・・」
東川さんに勧められたスープを飲んだら熱かった。とろっとしてるから中までは冷めてなかったらしい。水飲んで舌を冷やしたら、また、客が沈黙していた。
「なに? 」
「浪速さん、猫舌ですか? 」
「そうらしいです。せやから、俺、あんまり外でメシも食えんのですわ。この通り、ヤケドするんで。」
「すまんすまん。これでもあかんのか。氷いるか? 」
「いや、もう腹膨れたから、ええわ。」
あれから一時間ちょっとは経過している。時計を見たら九時前になってた。そろそろ、ええか? と、東川さんに視線で尋ねたら、うんうんと頷いた。
「すんません。俺、明日も仕事なんで、先に失礼します。」
「ほな、外まで送りますわ、部長。・・・・みなさん、まだ料理は出てきますんで、ぼちぼちやっとってください。」
俺が立ち上がって軽く会釈すると東川さんも立ち上がる。ふたりして部屋を出たら、やれやれと息を吐いた。神経使うので疲れる。ご苦労さん、と、東川さんが携帯で添乗員さんに連絡しつつエレベーターでロビーに下りた。
ロビーには、添乗員さんが待っててタクシー乗り場まで案内してくれた。今後の予定について説明してもらったが、俺が付き合わされるのは関西支社の視察と最終日の宴会だけなんで、そうそう忙しないこともなさそうで安堵した。あんだけ、ごちゃごちゃ言われるんは勘弁してもらいたいのが本音や。
「浪速さん、食事できたんでっか? 」
「まあ、そこそこは。」
「そうか? みっちゃん、前菜しか食ってないやろ? 」
「レイコにシロップとミルク入れたから、栄養は足りてる。だいたい、あんな湯気立ち上るメシなんか食えるわけないやんか。」
「それはそうやが、あれ、高いんやで? 」
「高こうても熱いもんはいらんわ。・・・・あとは、お願いします。ほんで、明日は、休んでください。」
「おう、大阪まではバスに乗せてもらって、そこで、わしらは解散させてもらう。さすがに大阪城とか見てもしゃーないからな。」
明日は大阪へ移動して観光する予定になっていた。さすがに、関西が拠点の人間には、大阪の観光はしょーもないので、うちの人間は大阪に到着したら接待も終了ということになっている。
タクシーに乗ってからメールして元町の駅に、まずつけてもらった。そこで、うちの亭主をピックアップする。予定通りやったので、亭主は、ちゃんと駅前で待ってた。どっこいせ、と、乗り込んで、そこから目的地を指示する。
「お疲れさん。早かったな。」
「適当で抜けさせてもらった。まだ、宴会は続いてるけどな。何、食べてきたん? 」
「ラーメンと餃子。他は買い食いした。本場は、一味違うな。中華風のハンバーガーが、なかなかよかった。」
「そらよろしゅうおした。わし、熱いもんばっかで冷たい前菜しか食わへんかった。」