関西夫夫 ポピー3
「せやなあ。おごりやから高いヤツをしばいとこか。先に、これ渡しとくわ。このチケットに、最後に金額入れさせて、おまえのサインしたら使えるからな。ほんで、領収書をもろといてくれ。」
東川さんは、封筒に入ったタクシーチケットを説明して渡してくれた。これで自宅までタクシーで優雅に帰れる。仕事での接待だから、これは経費にしてもええとの堀内からのお達しがあった。
客たちが少し遅れて戻って来た。予定より20分ほど遅れて宴会は始まる予定になった。同じホテルのレストランやが、今日は中華で、もちろん個室で廻るテーブルもついている。全員で座れるデカイ卓で、前菜がセッティングされていた。佐味田さんと嘉藤さんも戻ってきたので、挨拶する。関西人でも神戸はあんまり来ないから、それなりにはおもしろかったらしい。
「中華街が、えらい人ゴミで往生した。有名なとこは、えらい並んでるし、みな、元気やな? 」
「観光地なんて、あんなもんやろ? 道頓堀の店かて休みの日は並んでるがな。」
「付き合わんでよかった。俺、そんなとこ行ったら死ぬ。」
「せやな、みっちゃんやと干からびる。ゆっくりはしたんか? 」
「ボチボチやったわ。」
「店のほうも、これといった騒ぎはなかったみたいや。こっちに連絡はなかった。東川はんのほうは? 」
「こっちも、通常業務内や。これといったことはないけど、あとのチェックは頼むで? みっちゃん。」
ボンクラどもは一端、部屋に引き上げたので、こちらはのんびりしたもんやった。だらだらと喋ってたら、添乗員さんが部屋に入って来た。戻ったのが少し遅かったので、半時間ほど後から宴会は開始するとのことや。
「浪速さんは泊らずにお帰りですね? 」
「はい、九時には帰ります。」
「東川さんは、ルームキーを渡しておきます。嘉藤さんたちと同じ階数にしてありますんで。お客さんは上層階ですわ。この後も付き合いはりますやろ? 」
添乗員さんはルームキーを渡しつつ、後の段取りもしていく。この後、また昨日とは別の店へ呑みに出るので、その確認もある。
「付き合いますで。うちの部長が帰りますから、わしが代理で接待させてもらいます。」
「さいですか。まあ、接待言うても、店の女性陣が、あんじょうしてくれますんで好きに呑んでください。」
「比較的、大人しいで? あいつら。もっと騒いでまうんかと思ったが。」
「他所の方は、あんなもんでしょう。部屋にデリも手配できますが、どうしやはります? 」
「わしは、そっちはよろしいわ。」
「わかりました。時間になったら、お客さんを呼び出しさせてもらいますんで、それまでに先に一杯ひっかけはりますか? 」
軽く一杯と、俺の関係者は瓶ビールを注文してジュースみたいに呑んでいる。この人らにしたら、ビールなんて水みたいなもんなんで、俺のほうはウーロン茶をもらった。明日、店舗は休みなんで大阪の観光をさせて、翌日に適当に仕事の見学をさせることになっている。その手配は嘉藤さんがやってくれたんで、あとは職場で業務の説明するぐらいが俺の担当になる。あちらさんも、似た仕事をしてるんやから、簡単でええ。
時間になったら、ぞろぞろと客はやってきた。昨日と同じように挨拶して乾杯したら、あとは無礼講になる。豪華な料理が、どんどん運ばれてくるが、昼飯を豪華に食ったんで、あんまり腹が減ってないから、適当にツマミ食いするぐらいが関の山や。
「浪速さん、何か追加しましょうか? 」
「このスープは、なかなかおいしいですよ? 」
「これ、黒酢が利いておいしいですが? 」
いろいろと勧めてくれるんやが、熱いんはあかん。はいはい、おおきに、と、適当に答えてたら、携帯が鳴り出した。相手は、堀内やったが、とりあえず部屋から出る。もし、相手に聞かされへん話やったら、まずいからと警戒した。着信させたら、暢気なおっさんの声が返ってきた。とりあえず個室からは歩いて離れていくことにした。
「どないや? 美味いやろ? 」
「あんな熱いもんばっかり食えるかいっっ。とりあえず順調に接待はしてるで? 緊急か? 」
「いいや、緊急やない。どうしてるかと思てな。おまえ、人見知りやから難儀してないか? 」
「東川さんらが、ちゃんとしてくれてるわ。」
「泊まってないんやろ? なんで爆弾小僧と泊らへんねん。」
「別のとこへ泊った。のんびりさしてもろたわ。」
「さよか。」
「帰り、タクシー使わせてもらうで。東川さんがチケットくれたさかい。」
「おう、使たらええ。どうせ、あいつらは、ねーちゃん抱いたり金使いたおしてるんやから、それぐらいは当たり前じゃ。・・・・まあ、お陰で、こっちは、いろいろと動けて助かってる。」
堀内たちが、何かしら画策してるんやろうとは思ってた。そのために、わざわざ遠征させたのも、俺は考えてたから、さいでっか、と、返した。留守にした間に動くのは基本やからや。通路の端まで辿り着いて、窓のほうに立ち止った。ここからでも眼下にイルミネーションが、よく見える。
「ほんでな、みっちゃん。お手当ての靴は、どーするねん? 領収書を貰ってくるか? それとも、わしのいきつけの店で買うか? 」
「どっちでも楽なほうでええ。」
「ほな、東川のとこにメールしとくから、場所教えてもらえ。そこで靴買ったら、支払いはせんでええから。」
「はいはい、おおきに。」
「来月あたりは出張させるから。」
「わかってる。」
手当てを渡すということは、そういうことなんで、俺も大人しく同意した。たぶん、この遠征の間に調べたことを監査するつもりなんやろう。二、三日ならしゃーない。要件は終わったんで携帯を切って部屋に戻った。盛り上がってるんで、俺は大人しく席に座った。すると、また客どもがやってきて喋りよる。お手当てを貰うから、一応、相槌ぐらいはうってるが、正直、めんどくさい。呑みの誘いがしつこい。俺は呑まへんし、おねーちゃんを抱きたいとも思わへんから、そういう店に行く意味が無いと説明してるんやが、聞く耳はないらしい。そこへ、東川さんが自分の携帯を渡してきた。
「はい? 」
「専務から。」
さっき喋ったやないか、と、立ち上がったら、ここで受けろ、と、東川さんがおっしゃる。まあ、難しい仕事のことやなかったら、ええか、と、受けたら、「愛してるでーまいすういーとはにー。」 と、いきなりほざきやがった。
「はあ? 」
「なんやなんや、おまえの最愛のパトロンからのラブコールやないか? 好き好き愛してるぅーん、ダーリンって返さんかいっっ。」
「どの口が言うてんねん? おっさん。酔うてるんか? 頭沸いたか? 」
「いや、至極まとも。たまには愛の台詞が欲しいと、おっちゃんは思っただけや。みっちゃん、仕事の話だけして切るって愛想のないことするから。」
「俺の携帯にかけてこいやっっ。」
「おまえ、即切りするがな。さすがに、これやと切られへんやろ? わしの頭脳戦勝ちじゃっっ。見事やろ? 」
確かに自分の携帯やったら、すぐに部屋を出て外で切る。東川さんから渡されたんで、さすがに即切りはできなかった。