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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ

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 仕事帰りにバーで一緒に飲み、ひとしきり話をして、終電に間に合うように店を出る。ただそれだけの時間が、不思議な興奮と安らぎに満ちていた。
 日垣は、美紗が大学時代に出会った同年代の男達とは、全く違っていた。世間知らずで子供じみていて自分のことだけで手いっぱいの彼らと、長年、巨大な組織の中で有能と評されてきた1等空佐の彼。本来、比べること自体が無意味だが、社会に出て数年余りの美紗に、そのような思慮深さはなかった。


 十二月に入ったばかりの金曜日は、師走とは思えない暖かさだった。約束したわけでもないのに、馴染みのバーに向かう地下鉄の中で、美紗は日垣とばったり会った。「いつもの店?」と短く聞かれ、はにかんで頷くと、彼は静かに手で髪をかき上げ、嬉しそうに笑った。

 美紗を連れた日垣がバーの中を覗くと、店内は満席だった。忙しそうに立ち働く若いバーテンダーの一人が、常連客の彼に、「十五分もあれば『いつもの席』が空きそうだ」と教えた。日垣は店員に向って天井を指さすジェスチャーをすると、美紗のほうを向いて、
「上で待っていよう」
 と言い、店の入り口そばにある階段へと向かった。
「屋上が喫煙所になっているんだ。本当は安全上好ましくないんだろうけど、煙草好きのマスターがこっそり常連客に開放していてね」
 薄暗い階段を上がり、端のほうのペンキが少し剥がれている鉄扉を開けると、都会の夜空があった。晴れているのに、星は見えない。地上の街灯りだけが美しく光り輝いていた。

 十五階建てのビルの屋上の端で、美紗と日垣は立ち話をした。日中、異様に暖かかったせいか、夜になっても、コートを着ていれば寒さはさほど気にならなかった。
「私が初めてここに来たのは、もう十六、七年前になるかな。その時の上官に『自衛隊を辞めたい』と言ったら、この店に連れてこられた。当時は店の中でも煙草は吸えたと思うんだけど、なぜかこの屋上で話していたのを覚えているよ」
 美紗は、安全柵の向こうに広がる夜の街を眺める日垣の顔を、そっと見上げた。統合情報局第1部長を務める彼は、一選抜で昇進の階段を駆け上がり、今や同期の中でも一、二を争う位置にいると聞いている。いずれは航空自衛隊のトップである航空幕僚長にまで登りつめるだろう、と囁かれる彼でも「辞めたい」と思うことがあったとは、意外だった。
「十代の頃はパイロットになりたくてね。一番早く飛行機に乗れるのは自衛隊の航空学生だと聞いて、高校三年の時に受験したんだ」