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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ

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 日垣はソファタイプの椅子に背を預け、カウンターのほうを見やった。美紗は、つられるように腰を上げて、衝立の向こう側を覗いた。
 日垣が長年通うバーは、かなり照明を落としてあるにも関わらず、各テーブルに小さなキャンドルが置いてあるせいなのか、店内全体が温かみのある色に満ちていた。三面に広がる窓から夜の街が良く見える洗練された造りでありながら、マホガニー調に統一された空間は、不思議と懐かしさのようなものを感じさせる。客はそれなりに入っているが、静かにアルコールを楽しむ話声と、店内に控えめにかかる音楽が、ほどよく調和していて、優しく心を落ち着かせる。
 大都会の片隅にひっそりと存在する、まさに隠れ家だ。

「ただ、週末は私がいる可能性が高いから、それじゃ、やっぱり来づらいか」
 美紗が振り向くと、日垣は、左手に水割りのグラスを持ちながら、反対の手で髪をかき上げていた。
「一人で飲みに来たのに、入り口近くの席に私が陣取っていたら、確かに興ざめだな。今度来る時は、目につきにくい場所にしてくれってマスターに頼むことするよ」
「そんな、あの……」
 彼の向こう側で、夜の街明かりが、美紗をせかすように、キラキラと瞬く。
「……これからも、ご一緒させて、ください……」
 口からこぼれるように出た言葉が、恐ろしく恥ずかしかった。美紗は身体の力が抜けたように椅子に座り込み、急いでうつむいた。マティーニのグラスが目に入った。それを手に取り、中身を少し多めに、口に含む。喉に焼かれるような熱さを感じながら、もし顔が真っ赤になっていたらマティーニのせいにしよう、と思った。


 週末が近づくと、美紗は、総務課が配信する統合情報局幹部のスケジュールを、まめにチェックするようになった。第1部長の午後五時以降の行動予定欄が空白になっている金曜日は、仕事が終わり次第、「いつもの店」へ行く。顔を出すと、必ず日垣がカウンター席に座っていた。二人揃うと、マスターは無言で、奥まった「いつもの席」へと案内してくれた。
 衝立に隔てられた空間で話す内容は、もっぱら仕事のことばかりだった。市ヶ谷の中しか知らない美紗にとって、国の内外で幅広い職務を経験している日垣の話は、いつも意外性に富んでいて刺激的だった。