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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(3)-梅雨時の憂鬱①



 統合情報局第1部に異動して一年と少し過ぎた頃、美紗は初めて、第1部長が部下の前で愚痴をこぼすのを見た。以前、残業する美紗に面白おかしく内輪話を披露していた時とは違い、日垣の顔は、窓の外に広がる梅雨空のように憂鬱そうだった。

「こんなに早く市ヶ谷に戻って来るとは、自分も思いませんでしたよ」
「あの期は全くもって人材不足なんだな。ああいうのが副長になるとはね」
 直轄班長の松永2等陸佐と先任の佐伯3等海佐の間にパイプ椅子を置いて陣取っていた日垣は、珍しく険のある物言いで応えた。イガグリ頭が渋い顔で頷く。他の面々も急に押し黙り、「直轄ジマ」は珍しく陰気な空気に覆われた。その中で、先の年度末に転属してきた小坂3等海佐だけが、ガキ大将を思わせる丸顔に興味津々という表情を浮かべ、一同を見回した。
「何の話です? 今月一日付けで着任の空幕副長(航空幕僚副長)、何か『いわくつき』なんですか?」
 彼の人懐っこそうな目と抑揚豊かな口調に、浮かぬ顔だった1等空佐は思わず表情を緩めた。吉谷綾子に「二人目の小僧」と評された新入り幹部は、暗いムードを一瞬で吹き飛ばすような、底抜けに明るい性格をしていた。
 日垣は「そういうわけじゃないが……」と苦笑いして、髪をかき上げた。
「二年前かな、今の空幕副長と喧嘩したんだ。どうも私は考え無しのところがあって……」
「考え無しは向こうのほうですよ」
 片桐1等空尉が口を尖らせて上官を遮った。美紗は、仕事の手を止めて、彼のほうをそっと見た。怒りも顕なその顔から察するに、件の空幕副長が絡む過去の出来事は、なんとなく想像がついた。しかし、日垣にとっては相当嫌な思い出であろう事柄をわざわざ尋ねるのも、彼に申し訳ないような気がして、黙っていた。
 そんな気遣いを、右隣に座る3等海佐が遠慮なくぶち壊した。
「二年前じゃ、相手はその当時もたぶん……将補(少将相当)、ですよね。将官と喧嘩って、いったい何があったんです?」
 困り顔で言い淀む日垣に変わり、小坂の目の前に座る高峰3等陸佐が、解説役を買って出た。
「佐伯3佐の前の前の先任が、空の3佐だったんだが、とにかくヒドイ奴でね」