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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(2)-深い青のブルーラグーン



「ふ、不倫? あは、何か、ドラマみたい。僕、あんまりそういうの見ないけど」
 征は、居心地悪そうに作り笑いをすると、二つ並んだコリンズグラスのひとつに手を伸ばし、その中身を一気に飲み干した。
「ごめんなさい。嫌な話を……」
「いえっ、別にっ。その、何っつうか、意外ですね。鈴置さんのトコ、お堅い職場だと思ってたけど……」
 征は、テーブルの向こうでうつむく美紗をちらりと見つつ、背徳的な話題を軽く受け流す言葉を適当につなぎながら、空になったグラスをコースターに戻した。グラスの中に残った氷が、カランと悲しい音を立てた。
「そっか、日垣さんにも、家族……」
 こげ茶色の髪の下の藍色の瞳が狼狽に揺れるのと、黒い前髪に半分ほど隠れた瞳から涙がこぼれるのが、ほとんど同時だった。
「ちょっと、何か作ってきます。ほら、鈴置さんのグラスも空いちゃってるし」
 征は早口で言うと、美紗にメニューを見せるのも忘れて、逃げるように席を離れた。

 窓の向こうに広がる大都会の街明かりが、店の隅のテーブル席にぽつんと座る美紗のところへ、光の波となって押し寄せ、過去の残像の飛沫を上げる。

 この店に誘ったのは、あの人
 でも、そうさせたのは、私
 この席で、優しい言葉を口にしたのは、あの人
 でも、そうさせたのは、私
 少し歩こうか、と言ったのは、あの人
 でも、そうさせたのは、……たぶん、私
 
 窓ガラスに人影が映った。美紗がはっと振り向くと、透き通った青いカクテルをトレイに載せたバーテンダーが佇んでいた。
「すみません。オーダーを伺うのを、忘れてましたね」
 征は、細身のカクテルグラスを静かに美紗の前に置いた。先ほどよりもゆっくりめに話す声は、ずいぶん落ち着いて聞こえた。美紗は、洗練された佇まいのバーテンダーに、潤んだ目を向けた。
「あの、日垣さんは……」