未来は嘘をつく
思い切った言葉と、口にできない言葉
「ねぇ、森山君、何か飲み物でも買ってこようか?どこかに自動販売機とかってあるの?」
病室には備え付けの小さな冷蔵庫があったけど、1本だけ入っていた缶コーヒーを午前中に飲んじゃっていたから、冷蔵庫にはお水しかなかった。
「ごめんね、何も出してなくって。冷蔵庫は水しかないんだよね。一緒に行こうか?コンビニなら1階にあるし、地下にはスタバもあるけど」
「大丈夫、私が買ってくるね。スタバまであるんだここって?今の病院ってすごいんだねぇー。じゃあスタバでいい?」
僕も入院してから知ったことで、それって結構驚いたことだった。
「うん、じゃぁ、悪いけど、買ってきてもらってもいい?」
「うん、行ってくる。何がいいの?」
椅子からもう立ち上がって聞かれていた。
「アイスコーヒーで」
「では サイズはいかがいたしましょうか?お客様」
笑顔でまるでスタッフのように聞かれていた。
「では、トールで」
「かしこまりました。では、いってきまーす」
頭をちょこんと下げて笑顔の彼女だった。
病室を出ていった彼女を見送ってから、さっきからの不思議な感覚の中で頭を巡らせていた。
僕たちは確かに、中学も高校も一緒だったけれど、こんなに話した事なんて一度もなかったし、13歳の春ににラブレターを出して、返事もなかったから、僕はそれ以来、彼女に声をかけたり、話をするのは大の苦手になっていた。
それに、彼女も僕のことを少し避けているように感じていた。
それが、今日は高校を卒業してから3年ぶりに会ったからって、昔からすごく仲が良かったように会話をしていた。
そして、僕の思っていた角川楓子って子がこんなに気さくに話をしていることにも驚きだった。
僕が勝手に思っていたのかもしれないけれど、初恋の彼女のイメージは、少し控えめで、女の子らしくって、それで男の子と話すのも恥ずかしそうな子だった。
高校までそれは、ほぼ変わるものではなかった。
でも、彼女には失礼かもしれないけど、今さっきまで、僕と話をしていた子はそのイメージとはちょっと違っていた。
明るくって、はっきりしていて、大人で、堂々としていた。
記憶と変わらないのは、やわらかな仕草と、綺麗でかわいい顔立ちだった。
それも、中学生の時や高校生の時よりも、大人になって魅力を増して輝いて見えていた。
同じ女の子なのに、僕はなんだか別の魅力的な子と二人っきりの部屋で話をしていた。
「ごめん、遅くなっちゃったお待たせ。さすが大学病院だから大きいね、ここって」
しばらくすると彼女が変わらない笑顔で戻ってきていた。
「ごめんね、お客様に買い物なんかさせちゃって」
お礼をいうと、彼女は、僕のアイスコーヒーを小さなテーブルに袋から出してストローまでカップに刺してきちんと用意をしてくれていた。
「大丈夫よ。病人はおとなしくね。まだ、そんなギブスまでしてるんだから。カップって持てるの?私、持ってあげようかぁー」
「大丈夫だって」
僕は恥ずかしくってけっこうな声の大きさであわててアイスコーヒーを口にしていた。
それはお砂糖なしのブラックでほろ苦くって、でも、なんだか甘かった。
「私はねぇ、オレンジフラペーチノっていうのを買ってきちゃった・・それもグランデサイズ。季節限定だって・・すごぉーく喉が乾いてたからおいしい」
彼女は部屋の窓から外を眺めながら独り言のように声を出していた。
その背中姿は、初恋の子と同じ面影だった。
「あのさぁ、変なこと言ってもいい?」
僕は思わず口にしていた。
「えっ、何?変な事はいやだなぁー」
振り返った彼女が少し怪訝そうな顔を浮かべていた。
「うーん、あのさ、角川さんとこうして話すのってさぁ・・・」
「うん」
「初めてだよね。こんなに長く話してるのって・・」
大きなスタバのカップを手に近づいてきていた彼女に話を続けていた。
「うん・・・。あのね、私もね、昨日から、本当はもっと前からなんだけど、緊張しちゃって・・今日ここに来ること考えたら・・・。でも、なんだか、話したら普通にできちゃって・・こうして森山君と話せてうれしいの。顔を見た時から喉はカラカラになっちゃったけど・・」
恥ずかしそうだったけれど、目を合わせて話してくれていた。
「俺も、会った時から緊張しちゃって・・でも、不思議と話せちゃって・・自分でびっくりしてたんだよね。角川さんてずっと俺のこと避けてると思ってたから・・」
思い切って言葉にしていた。
「えぇー・・うーーん、でも、そう思われても仕方なかったかもしれれない。避けてたかもしれない。視界にはいらないようにって。でもでも、そっちこそ、私のこと避けてなかった?高校3年生の時はクラスも一緒だったのに、私って、全然話しかけられなかったと思うんだけど・・違う?合ってると思うけど・・」
少し問い詰められていた。
「だって、話しかけたりなんかしたら嫌なのかぁーって思ってたから・・そんな風に思ってたし・・」
口にはしなかったけど、ラブレターまで送って、返事もなかった子に高校3年生になってクラスが一緒だからっていって普通に話せるわけはないじゃないかって思っていた。
だって、ラブレターが彼女の手に渡ってなかったなんてことはさっきのさっきまでこっちは夢にも思っていなかったし、高校生の僕は間違いなくそんな事実は知るはずもなく、自分のことを彼女に振られた人って思っていたんだから。
「ふぅーん。嫌じゃなかったのになぁ・・・他の子とは楽しそうにお話してていいなぁーって思ってたのに・・」
小さな声で、言われていた。
僕は返事を聞いてすぐには言葉を返せなかった。
言葉を返す前に、頭の中が混乱していた。
彼女が僕からのラブレターのことを知ったのは1年前で、それまで知らなかったってことは、当時、僕が角川さんを好きだったってことも、当然彼女は知らなかったはずで、なのに、僕を視界にはいらないように避けていたっていうのはどういうことだろうって思っていた。それも続けて口にした『嫌じゃなかったのに』って言葉の意味が分からなかった。
夏のクーラーが程よく効いた病室の中で、僕の頭の中は混乱で、大汗をかいていた。
中学、高校生の時の彼女にとって、僕はどういう存在だったんだろうって、頭の中がいっぱいだった。