未来は嘘をつく
甘い香りのお見舞い
本当はとっても聞きたかった事はとてもじゃないけど口にはできずにいた。
少しの時間が動いていた。
彼女も話をやめてカップを片手に窓際に立って、そんなに面白くもないはずの都会の景色を眺めていた。
「角川さん、時間って大丈夫なの?俺の事は気にしないでいいからね。退屈は慣れてるから・・。」
ずっとこうして彼女と話をしていたかったけれど、少し気になっていた。
「えっ、うん。もう少しなら大丈夫。本当はゆっくりできたはずなんだけど、ここに来る前にバイトを急に頼まれちゃって・・夕方までいられなくってごめんね。さっき彼女に言われたのにね」
こっちに振り返りながらだった。
「うん。大丈夫、ありがとね。バイトって何してるの?」
どんな生活をして、どんな日常なのかいろんなことに興味があった。
「家の近くのお花屋さん。お見舞いにお花を持ってこようかと思ったんだけど、なんだか恥ずかしくって・・ほら、少し手も荒れちゃうんだ・・。手袋するんだけどね」
言いながら近づいて手のひらを見せてくれていた。
その手には少しだけ小さな切り傷があったけれど、大きくもなく、小さくもなく、柔らかそうなかわいい手のひらだった。
中学生の時の運動会でするフォークダンスの練習の時に1度だけ握った事のある思い出の手だった。
「大変だね、でも、角川さんらしいバイトだね。花屋さんっていいね」
「そうかなぁー 今度は、森山くんらしいお花持ってきてあげるね」
「うん、俺っぽい花ってあるの?」
返事をしながら、また、お見舞いに来てくれるのって思ってうれしかった。
「上手にできないかもしれないけどね・・。あっ、いけない、これがお見舞い。緊張しちゃって忘れてた。何がいいかわからなくってこんなのだけど・・・お見舞いらしくなくってごめんね」
言いながら置いてあったビニールバッグを差し出していた。
「何もいらないのに・・」
言いながら差し出された袋を受け取って中を見ると、そこにはTシャツが入っていた。
「一度洗ってきちゃった。すぐに使ってほしかったから・・」
丁寧にたたんであったTシャツは3枚も入っていた。
手に取ると、甘い香りがしていた。
「ありがとぅ。今すぐには無理だけど、今夜はこれに着替えて寝てもいい?」
1枚手にして彼女に聞いていた。
「うん、もちろん。良かったぁー、Tシャツなんておかしいかなぁーって思ったんだけど・・」
笑顔で、少しほっとしたような仕草だった。
「うれしいよ。選んでくれて」
彼女が選んだTシャツだからもちろん、すごくうれしい顔で答えていた。
「森山君さぁー 携帯教えてくれる?病院って繋がらない?」
彼女が自分の携帯を小さなポシェットから取り出していた。
「もちろん、連絡してよ。でも、携帯って使用できるエリアが決まっててそこにいかなきゃ使えないんだよね。だからショートメールかラインでメッセージ残してくれたら、後でそれを見ることはできるから。オンタイムではちょっと見られないから連絡を返すのに時間はかかっちゃうけど。それでもいい?」
自分でも彼女との連絡先を知りたかったから、喜んでいた。
「じゃぁ 教えて」
彼女に言われて、ラインと携帯番号を交換していた。
大げさだけど、僕の携帯と彼女の携帯が初めてつながった瞬間だった。
それから、少しだけ、彼女のバイト先の話と、僕のバイト先の話をして時間が過ぎていた。
「時間になっちゃったから、バイトいかなきゃ。また、遊びにきてもいい?あっ、遊びって言っちゃった。お見舞いね」
椅子から立ち上がりながら恥ずかしそうだった。
「いいよ。遊びで。大げさなギブスだけど、少しかゆいだけで、もうあんまり痛くもないし、手のギブスはもうそろそろとれるはずだし、そしたら今は車椅子だけど、松葉杖で病院内をうろうろしてるだけのただの暇な大学生だから・・・時間があったら遊びに来てよ。お見舞いのお菓子とかそんなのは全くいらないからさ」
僕は笑顔で答えていた。
「うん。じゃあ今日は帰るね。また来るから。連絡するね」
引き戸のドアを手にして振り返りながらだった。
「エレベーターまでいこうか?」
見送らなきゃって思っていた。
「大丈夫、大変だもん、じゃあね。あんまり無理しちゃダメだよ」
「はい、今日はありがとう」
頷いて歩き出していた後姿に声をかけていた。
Tシャツもだったけれど、残された部屋には彼女のほんのり甘い香りが残っていた。
変かもしれないけど、病室内で僕はおおきく空気を吸っていた。
それから5分もしない間に、ナースの神崎さんが病室にノックもせずに入ってきていた。
「ねぇねぇ。大丈夫だった?今の人来たら山本君の彼女が入れ替わりですぐに帰っちゃったから心配してたんだけど・・まずかった?何かあった?」
本当にそう思っているのかどうかって顔だった。
「あのぉ、神崎さん、そんな事よりノックしてから入ってよ。鍵はかかってないかもしれないけどさ」
神崎さんの早口の質問に呆れて答えていた。
「ごめんごめん、許してよ。それより、ほんと、大丈夫?鉢合わせ?」
興味深々なようだった。
「あのうですね、そんな事なんかあるわけないじゃないですか。仕事が忙しいからって帰っただけだから。神崎さんのご期待に応えられるような事ではありません。もう、いいから仕事しなさいよ。今日は病棟暇なわけ?」
日曜日だったから、確かに病棟勤務のナースも暇なのかなって思っていた。
「仕事はしてるってば。なぁーんだ。本当に何もなし?気になっちゃってたんだから、損しちゃった。だって綺麗な子だったからさぁー」
思い出しているようだった。
「そりゃぁ 綺麗な子ですよ。僕の初恋の人ですからね」
おもわず口から出ていた。
「うわぁー ほら、やっぱりなんじゃない」
神崎さんは嬉しそうな大きな声を出していた。