未来は嘘をつく
突然の話は初めて知ったこと
「森山君、あのね、あのね、今日来たのはね、私、どうしても森山君に言いたいことがあって・・やっぱり言わなきゃいけないって思ってたことがずっーとこの1年あって・・それで、思いきって今日訪ねてきたの。心に棘が刺さったみたいで、つらくって・・。」
言葉を発している彼女の表情は硬かった。
「俺、角川さんになにか知らない間に傷つけるようなことでもした?」
僕は、同級生だった6年の間に知らないうちに彼女に何か悪い事でもしていたのだろうかと、逆に聞き返していた。
「違うの。私があなたに謝りたいの」
「えっ、何もないと思うけど、・・角川さんに謝ってもらうようなこと」
まったく、想像もしていなかった言葉に、僕はとても不思議な気持ちだった。
「あのね、1年前に、姉とお酒を飲んでるときに、急に森山君の名前を出されて、それで、とんでもないこと聞かされて・・あのね、森山君って中学1年生の時に私にラブレターを出した事あるの?」
僕にとって思いもかけない、そしてずっと封印してきた思い出を突然告げられていた。
それは、中学1年生の春に彼女に出したラブレターの事だった。
それ以外に僕はラブレターなんて書いたことなんてなかったんだから。
「えっ、うん。出した事ある」
正直に言いながら、受け取った本人が姉に言われなきゃそんな事は忘れていたのかって、ほんのちょっぴりだけど、さみしく思っていた。
「やっぱり本当の事なんだ。あのね、そのラブレターは私に届いてないの・・」
「えっ」
想像もしていないことを言われてびっくりしていた。
「うちの母が、そのラブレターは私に渡さずに破り捨てたらしいの。姉のいる前で。本当に母が失礼なことをしちゃってごめんなさい」
「はぁ ふぅーん」
思いがけない事を言われて、返事なんだか、ため息なんだかわからない言葉をだしていた。
「だから、森山君が私にラブレターをくれたことなんて、姉が言ってくれるまでずっと知らなくって・・。それで、どうしても、森山君に母がしたことをきちんと謝りたくって・・1年前からずっーと思っていたんだけど、連絡先が分からなくって・・。本当にごめんなさい」
頭を深く下げられていた。
「あっ、頭あげてよ。そんなずいぶん前の事だし謝らなくっていいよ。角川さんが破いたのなら少しはショックかもしれないけど・・。そっかー そんな事あったんだぁー」
ラブレターを出して、僕はその返事を待っていたんだけれど、なんの返事もなかったことを思い出していた。
「本当にごめんなさい」
顔をあげた角川さんにしっかり見つめられていた。
「いいんだってば。突然、娘宛のラブレターなんか見ちゃったら、お母さんがそうしちゃったって仕方ないかもしれないし、お母さんの事なんか責められないよ。お母さん、びっくりして、慌てたんじゃない?俺、その話、怒ってないから。今聞いて、ちょっと、突然の話で少しびっくりしてるだけ。そんな事があったなんて今まで思ってなかったから・・角川さんもお母さんに怒っちゃダメだよ」
「ありがとう、そう言ってくれて・・」
少しだけほっとした表情を彼女が浮かべてくれた気がしていた。
「うん、そんな事を気にしてたんだ。そんなことはこっちは忘れてたから・・」
手紙を出して、返事がなかったから、彼女には他に好きな人がいるんだって思った事を思い出していた。
僕は、そのことがあってから、彼女にはとても普通に接することはできなくなっていた。
中学を卒業して同じ高校に通っていたときもそれは続いていた。
「ほんとにそう言ってくれてありがとう。思いきって今日は来て良かった。謝らなくちゃいけないって思ってたから」
「うん、もうそれ、お終いでいい?恥ずかしいし、その話。すっきりした?」
正直そんな話を面と向かって彼女から言われてとても恥ずかしかった。
「うん。良かった。許してくれるとは思ってたけれど」
「うんうん。それよりお見舞いに来てくれてありがとうね。毎日退屈なんだよねぇー こんなだからさ。その話はもうほんとにおしまい。いい?」
「うん」
うれしそうな彼女の笑顔を感じていた。
「大変な事故だったんだね。それって足も折れてるんでしょ。でも元気そうで良かった」
少し間があって、彼女が話を変えてきてくれていた。
「まっ、なんとかこうして生きて久しぶりに角川さんに会えて良かった」
「やだ、変な事言わないでよ」
笑顔を見せてくれていた。
僕もそれに笑顔で答えていた。
「もう、お終いって言われて、許してくれたから言っちゃうんだけど、ラブレターの件って森山君も悪いんだからね」
明るい顔で、話が戻されていた。
「えっ、なんで?」
「だって、ラブレターって普通、恥ずかしいからその子の机の中にそっと入れちゃうとか、仲のいい友達に頼むとかだと思うんだよね。姉に聞いたけど、手紙って郵便で家に届いたって・・それっておかしいよ。どうして郵送なんかしたのよ?」
確かに彼女の言う通りだった。
「うーん、なんでだろうねぇー。自分でもわかんないや。覚えてないや」
それは嘘で、本当は、それが1番正々堂々って気がしての事だった。もちろん今考えれば、馬鹿な考えで、きっと、ラブレターを書くなんてませたことをしてるのに、まったくもって僕がガキンチョだったからだった。
あとは、きっと彼女を大好きすぎて何がなんだかわけのわからない行動だったのかもしれなかった。
間違いのないのは、当時、話もろくにしてなくて、出会って間もなかったくせに、彼女のしぐさや、声や、もちろんとびっきりかわいい笑顔にどうにも好きになって、他の誰よりもそれを伝えたかった事だった。
13歳の春の初恋だった。
今、その彼女と、僕が全く知らなかった事実をきっかけに初めてきちんと会話をしていた。
8年もの年月をかけてが今日だった。
僕も彼女もすでに21歳の大学3年生になっていた。