未来は嘘をつく
初めてかもしれない会話
今、目の前にいた子が間違いなくあの「角川楓子」なら高校卒業から3年ぶりの再会になるはずだった。
でも、その再会って言ったって同じ中学、高校時代の6年間で記憶が確かなら、交わした会話らしいものは20回もなかったかもしれない子との再会で、ましてやその会話も、学校生活の中でどうしても交わさなきゃいけないような状況のときだけの記憶しかなかった。
それもこれも、中学に上がってすぐに、彼女を好きになって告白して振られたんだから仕方のない事だった。
その子がなぜか今、間違いなく僕の前方を僕の病室に向かって歩いていた。
それを追いかけようとして右に向きを変えた車椅子の僕の手は、ギブスをはめていた手はもちろんのこと、全然元気な左手も動いてるんだかどうか自分でもわからなくなっていた。
「ねぇ、森山君どうしたの?手が痛いの?病室まで押してあげようかぁー?」
ナースステーションのカウンターから身を乗り出して、動こうとしない僕を見た神崎ナースに聞かれていた。
「あっ、違うんです。大丈夫です。今、動きます」
あわてて答えていた。
「そう、それならいいけど・・。ねぇ、何か用事があったんじゃないの?」
「いえ、大丈夫です。それどころじゃないんで」
変な答えを返したら、神崎ナースになんだか不思議って顔をされていた。
気を取り直して、これから何が起きるんだろうって考えながら、車椅子を進め始めていた。
だって、彼女にお見舞いに来てもらうほどの関係じゃないのはこんな僕でもわかることだった。
まったくもって、今起きているこの状況と、この後のことが想像できなかった。
これからのことを勝手にいろいろ想像しながら、自分の病室の引き戸の前にやっとたどり着いて、病室の中の様子をうかがうと、たまちゃんと彼女が会話をしている声がかすかに聞こえていた。
僕は目の前のドアを開けるのを少しためらっていた。
「おっ、帰ってきた。龍二、あなたにお客様よ」
目の前のドアがいきなり開いて、たまちゃんに顔を覗かれていた。
「うん、今、ナースセンターで聞いた」
「そう、戻ってくるのが、少し遅いから迎えに行こうと思ってたところ」
車椅子だったのもあるけど、女性にしては背の高い彼女に見下ろされていた。
「お久しぶり森山君、私わかる?」
部屋の奥にいた角川さんが、声をかけてきていた。わかるも何も、初恋の子を忘れる奴がこの世界にいるかよって心でつぶやいていた。
「うん、もちろん、こんにちは。角川さん」
さっきまでの自分からしたら、思ったよりすんなり声がでて、自分でもびっくりだった。
「大変だったね。先週、小学校が一緒で東京に来てる子の飲み会があって、そこで皆川君から聞いてびっくりしちゃった。でも、想像より元気そうで良かった。」
彼女の言う皆川君っていうのは、中学、高校、大学まで一緒の友達だった。
「そうなんだ。あいつから聞いたんだ。わざわざありがとう。ねぇ、そこ座って」
ベッドの横の椅子を指差していた。それも、やっぱり、びっくりするぐらいすんなり言葉が口から出ていた。
「うん。でも、・・・私は大丈夫」
椅子がひとつしかないのに気付いての言葉のようだった。
その言葉を聞くとたまちゃんが僕の後ろから声を出していた。
「座ってよ。私は大丈夫だから。ねぇ、角川さんだっけ?時間あるでしょ?私、これから買い物に行きたいから、この後面倒みてもらっていい?手がかかっちゃうかもしれないけど、この人。でも、二人っきりのほうが話しやすいでしょ?」
彼女らしい言い方だった。
「えっ、はい、時間はありますけど・・・。」
角川さんは思いがけない提案に少し驚いているようだった。
「じゃぁ、お願いするね。ねぇ、龍二、いいでしょ。かわいい子がお見舞いに来てくれてるし、またメールでも連絡するから。来週ね。それと、退院時期はわかったの?」
テーブルの上に置いてあった彼女の真っ赤なバッグを手に取りながら言われていた。
「ごめん、先生じゃないとわからないって言われた」
とっさに嘘をついていた。
「ふーん、そうか。じゃ、きちんとそれ聞いといてね。忘れないでね」
念を押されていた。
「うん。買い物したら、もうそのまま帰っちゃうの?」
まだ、ここにきて15分もたってないのにって思っていた。
「この頃少し仕事忙しくってさぁー、今週だって火曜日にプレゼン抱えて資料がまだ出来上がってないし、、大変なのよ。ごめんね」
たまちゃんが、大変なんだよって表情まで作って言ってきたから、それに答えて、僕は無言で、うんうんって首を縦に振っていた。
「じゃあね。ごめんね、角川さん、そういうことで後はよろしくね。ゆっくりしてってあげてね。できれば夕方ぐらいまではいてあげてよ。毎日退屈してるみたいだから」
二人の会話を聞いていた角川さんに、一方的に勝手なお願い事をすると、もう背中を向けて病室の引き戸を開けていた。
こっちを向いて、ドアを閉めるときには、梨はそこねって僕に指で合図を送っていた。
「いいの?邪魔しちゃったみたいで。森山君の彼女なんでしょ?」
勧めた椅子に腰を下ろして、ほんのちょっと時間をあけて角川さんが僕に聞いてきていた。
「えっ、それって彼女が自分で言った?」
初対面の子にもそういうことを平気で言いそうだって思っていた。
「さっき、受付の看護師さんが言ってたから・・。」
「そっか。うん、そう」
返事を返していた。
「綺麗な人だね。ねぇ、年上なの?」
「二つ上。あんな子だからごめんね。ちょっとマイペースな子なんで・・」
さっき、あんなに不安だったのに、狭い部屋で彼女と二人っきりになってもなぜだか、自然と話をすることができていた。彼女とこうして普通の会話できることが自分でもびっくりだった。
「ごめん、ちょっと、こういう人が森山君のタイプなんだって思って会話を聞いてた」
笑顔で言われていた。
「それって彼女に尻にひかれてるぞ、こいつって思ったんでしょ?」
「そんな事ないって、違うって・・それより、せっかくのデートのおじゃましちゃってごめんね」
謝られていた。
「平気だって」
今日はさすがにいつもより帰るのが早かったけれど、いつも1時間程度で彼女は「病院って好きじゃないんだよね。退院したらいっぱい遊んであげるからさぁ」って言いながら帰ることが多かった。
「なら、いいんだけど・・」
それから、少しの時間が開いて彼女が続けていた。
「森山君、あのね、あのね、今日来たのはね、私、どうしても森山君に言いたいことがあって・・やっぱり言わなきゃいけないって思ってたことがずっーとこの1年あって・・それで、思いきって今日・・・」
彼女が少し目線を外してゆっくりと言葉を口にしていた。明らかにいまさっきと雰囲気が変わっていた。
会話をしながら、初めて出会った中学生の時も綺麗な子だったけれど、久しぶりに会って、もっと綺麗な大人の女性になっていた彼女に動揺はしていたけれど、今は、さらに思ってもいなかった言葉を口に出し始めた彼女に車椅子の上で、激しく動揺し始めていた。