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未来は嘘をつく

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思いもかけない彼女の後姿



6階外科病棟から見える窓の外は都会の住宅街が延々と続いていた。

首都高速道路池袋線をバイクで飛ばしていた時に、トラックが原因の多重事故に巻き込まれて、意識をなくして運ばれたのがこの日大病院だった。
気が付いた時には、身動きが取れない状態で腕はベッドにつるされ、左足もギブスでがっちり固められて、とにかくあっちこっちがガーゼと包帯だらけだった。
意識が戻った時に、その状態に驚いて、ため息を弱く吐いて、首を左右に小さく振っていた。運よくきちんとそれはいつも通りに動いていた。
それから、退屈な病院生活が始まって、やっと3日前からぎこちなかったけれど車椅子なら動けるまでになっていた。こうしてたいして面白くない都会の住宅の屋根を見るのもベッドから動けなかった時のことを考えれば幸せな時間にも思えていた。
 運のいいことに多重事故の交通事故を引き起こす原因をつくったトラックは有名な大手会社で、おまけに巻き込まれた僕の自己責任比率のおかげで、自己負担ゼロで豪華な個室部屋での入院生活だった。大学3年生の僕にはびっくりするぐらいの差額ベッド料金代は1日で3万円もする部屋だった。

「ねぇ、退院っていつ頃なの?」
会社が日曜でお休みだからっていって、面会時間の始まる1時から顔を見せていた彼女に背中越しに聞かれていた。
彼女は僕が茨城の田舎から大学のために上京してすぐに付き合いだした2歳上の僕の恋人で、今年の春に女子大学を卒業して、毎日夜遅くまでは忙しそうに広告代理店で働いていた。
彼女は僕と違って、東京育ちのお嬢様で、良くは知らなかったけれど世田谷の会社の社長の娘だった。
「うーん、わかんない」
「看護師さんに聞いてきてよ。わかるでしょ?」
ベッドの横の椅子に座っている彼女に聞かれていた。彼女はいつも通り、きちんとしたワンピースの服装でお見舞いに来ていた。彼女の名前は「鈴木 珠季(たまき)」たまちゃんが愛称だった。
「じゃぁ、聞いてくるから、たまちゃんさぁ、その間に悪いんだけど、冷蔵庫にもらった梨があるから剥いてくれない?」
病棟の看護師さんから、おすそわけねって今朝もらった梨が一つ冷蔵庫に冷やしてあった。
「えぇー 梨って水分多いんだもんなぁー 自分では無理なの?」
そんなにいやそうな顔で言われたわけではなかったけれど、少し面倒くさそうな顔でだった。
「この手でうまくはナイフなんて動かせません」
2か所も折れて手元までギブスで固定されていた右腕を高く上げていた。
「そうだねぇ。仕方ないなぁー じゃぁきちんと聞いてきてね。1週間に1回のお見舞いだって大変なんだからね。もう、私はもう学生じゃないし、それからここって結構遠いんだから」
彼女の住んでいる世田谷からはお気に入りのツートンカラーのミニクーパーを飛ばしてきても確かに時間のかかる距離だった。
「はい、わかってます。ありがとうございます。」
言いながらまだ、不慣れな車椅子の向きをなんとか直して、ナースステーションに向かうことにした。けっこうな距離のあるエレベーターホール前までだった。

ナースステーションに近づくと、丁度、同い年のナースの神崎さんが入り口で面会希望の女性になにか説明をしているようだった。その女性の後に僕は車椅子で順番を待っていた。すぐ後ろだと、なんだか顔の位置がその女性のお尻あたりで、慌てて少しバックしていた。
慣れた病棟の匂いの中に少しだけ彼女の甘い香水が香っていた。
少しの時間で目の前の彼女の面会受付が終わっていた。
「では、今日の面会時間は日曜なので8時までですから。それはお守りくださいね。それと今、患者さんのところに彼女さん来てるけど平気?」
おせっかいみたいなことまで言うんだなぁーって、神崎ナースの言葉を聞いていた。
「えっ、平気です。平気です」
目の前の彼女も、ナースの言葉に少し驚きながら笑顔を見せて返事をしているようだった。
そして、それから彼女は病室のある右手に足を進めていた。
僕はそれを確認してから、神崎さんに車椅子から声を出していた。
「あのう、森山ですけど、ちょっと聞きたい事あるんですけいいですか?」
同い年だってわかっていたけれど、丁寧な言葉遣いで聞いていた。
「あっ、森山君、いま、あなたのところに、ほら、あのひと・・。」
言いながらさっきの女の人の後姿を指差していた。彼女はもう5m先を歩いていた。
「えっ、何?」
あの人は、僕の知り合いなのってびっくりしていた。
「君に面会の人よ。今の人。ほら、知り合いじゃないの?」
言いながら面会用の記録用紙を僕に見せていた。
慌てて、名前の欄を見ると、綺麗な文字で「角川 楓子(ふうこ)」と書かれていた。
びっくりして言葉がでずに、神崎ナースの顔を見つめてしまっていた。
「何?どうかした?あっぁー まずいの?彼女さっき来たもんね。二人ばったり病室でって・・。」
慌てて、神崎さんが言葉を続けていた。
「いやいや、そうじゃなくて、同級生なんだけど、卒業してからずっと会ってないし・・。」
一生懸命平静を装って説明していた。
「同級生かぁー じゃあ平気だね。良かったぁー。変な顔するからあわてたじゃない。いやだもう。」
ほっとした顔を浮かべて言われていた。
でも、こっちは本当のところは、久しぶりの同級生に単純にびっくりしていたわけではなかった。
ナースの神崎さんに説明したように彼女は中学、高校の同級生で間違いなかったけれど、僕が中学校1年生の時の初恋の子だった。
そして、振られた子でそのあとの6年間は同級生でも、ぎこちない会話しかできなかった子だった。
おまけに、僕にその後付き合う子ができた時も、本当はずっと大好きな子だった。
いま、その子がなぜか、僕の右手の廊下を僕の病室に向かって間違いなく歩いていた。不思議な気持と、間違いなく動揺している鼓動を感じながら、ゆっくり歩いている彼女の背中姿を目で追っていた。
もう、退院時期の事なんてどうでも良くなっていた。

作品名:未来は嘘をつく 作家名:藤花 桜