睡蓮の書 四、知の章
再生した月。その力は、二人の兄の魂を再びこの世によみがえらせるために。
ただ、そのために――。
「心配することはない、フチアも力を貸すだろう。属長が三人あればまずまずではないか」
ジョセフィールがなだめるように言うと、
「そうそう、大丈夫だよ!」ラアもまた、重い空気を払拭しようと声を上げた。「それで決まり。じゃあ南に行こう!」
もう立ち上がろうとするラアに、ヤナセは半ば呆れたように笑む。
「待て、まだ考えねばならないことがあるだろう。東西の代表である我々が神殿を空けるとなれば、守備が疎かになる。南となるとなおさら、異変に気づきにくいだろう。しかし今の話では、南に連れて行くのも安全とは言いがたいな……」
「もう、早くしないと、間に合わなくなっちゃうよ!」
「間に合わない?」忙しげに投げられた言葉を拾い、ヤナセが問う。「新月まで間があるぞ。長くて一日だと、今言ったのではないか?」
何を急ぐ必要があるのか。誰もがそう考えたが、
「ぜんぶで十日ぐらいかかっちゃうんだよ」
「十日、だと!」
十日後はもう、新月だ。約束された終結の日。
説明を求めるようにジョセフィールを向くと、彼は告げる。ホルアクティの魂を呼び込みそして目覚めさせるために、それだけの時間が費やされるだろうと。
「……本気で言っているのか?」ヤナセは思わず非難の声を上げていた。「そんなことをすれば、死んでしまうぞ!」
息を呑む。半日から一日でも不安があるというのに、それを十日続けるなど、無謀としか言いようがない。また、もしここでラアが力尽きてしまえば――ホルアクティを目覚めさせることができないか、できたとしても遅れてしまえばそれだけで、それは戦の敗北を……つまり全員の死を意味するのだ。
険しい表情、重い沈黙。他に方法はないのか。何もかも保証はなく、危険なものばかりだ。急ぎ衝動的に決断を下すより、もっと慎重に考えるべきではないのか。
賛同の言葉を口にするものはない。不穏な空気に、カムアが不安げにラアを見た。すると、
「他に方法なんてない。……おれはやる」
ラアは独り言のように低くつぶやいたかと思うと、すと立ち上がり、
「おれが、やるんだ!」次には吼えたてるように声を張り上げた。
瞳の漆黒はまるで獲物を捉えた獅子のように、奥の黄金をぐらぐらと煮え立たせている。その眼に、態度に射られ、空気がぴしゃりと張りつめた。
ヤナセは言葉を失う。こんな表情を見るのは初めてだった。これまでの子供っぽいわがままとはまるで違う。頑然と意思を――それも自身を危険にさらすような賭けを――押し通そうとするとは。誰にも邪魔はさせないという強い意思、障害があれば力をもって退けんとする気迫に、圧倒される。
意義を唱えるものはなかった。ラアはこの日の夕方までに南で儀式を開始する旨を告げ渡し、その場は解散となった。
作品名:睡蓮の書 四、知の章 作家名:文目ゆうき