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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 四、知の章

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「自室にか?」シエンが怪訝そうに口を挟んだ。「戻ることになるぞ、頼めばいいじゃないか」
「いや、部屋は今、ちょっと」
「では、書物室に運びましょうか。僕、ついでがあるので」
 カムアが微笑んで言うが、
「いや……それもちょっと」
「もしかして、書物室、今お邪魔するとよくないでしょうか」
「……あー、まあ、あんまり――」
 と、歯切れの悪い返事が終わらないうちに、
「書物室でいいよ」
 突然、あさってのほうから投げられた声。
 カムアは驚いて、声の主を振り返る。――ケオルだった。
 自室のほうから歩いてきたらしい彼は、目を丸くして見つめるカムアに向かって、
「今お邪魔しても、俺のニセモノがいる心配はないから。持っていってくれるかな、カムア」
 そういいながら、ちらりと"ニセモノ"を見遣る。
「あ、は、はい。わかりました」
 まだ状況が飲み込めないようすで、何度もまたたきながらカムアが通り過ぎると、"ニセモノ"は白々しく肩をすくめてみせた。
 シエンはまだ、圧倒されたように、あとから現れた本人を眺め、それから、自分を呼びに来た"ニセモノ"を眺めた。
「その木箱、どうするつもりだ、キレス」
 意地の悪い笑みを浮かべながら、ケオルは彼のニセモノへと歩み寄る。
 ――そうだ、キレスなのだ。
 僅かな違和感の正体は、これだったのだ。
 それでもシエンは、目の前の彼が、あの寝台に横たわっていた彼なのだという事実を、半ば信じられない気持ちで眺めていた。
「もう少しでうまく騙せたのに」
「既にぼろが出ていたみたいだけど」
 ケオルが言うと、キレスは口をへの字に曲げ、投げるように箱を返した。ケオルはそれをあわてて両手で掴み取り、おそるおそる中を確認する。
「その箱、お前にはもったいないんじゃないの」
「大事なのは箱じゃない、中身だ。頼むから丁寧に扱ってくれ、もうずいぶん朽ちてるんだ」
 ケオルが迷惑そうに言うと、キレスは悪戯っぽく笑って見せた。
 変わりないその笑顔。胸のうちの戸惑いが、すうと溶かされてゆく。
「髪、切ったんだな」
 シエンはやっとそう言って笑った。
 それにしても、さすが双子だ。長く髪型で判別してきたせいか、それを同じにされるとすぐには区別がつきそうにない。また今、キレスはわざと、装飾品も服装も、ケオルと同じに合わせている。首元の紅いビーズも、外してしまったようだ。
「なんか、気持ち悪いんだよな、やっぱ」
 言いながら、キレスはまた首筋をさする。
「暑苦しくなくていいだろ」
 ケオルが言ったが、キレスは顔をしかめたままだった。
 シエンは黙ってそれを眺めながら、あの、背を覆い隠す豊かな黒髪がなくなってしまったのは、すこし残念なように思えた。焦げた肌色に乱れて垂れる黒髪は、彼の表情を彼らしくしていたように感じたからだ。
 綺麗に切りそろえ、こうして二人を並べてやると、まるでどこも違いがなくなってしまったかのようだ。けれど、言葉を交わすうちに変化する表情が、やはり、彼ららしさを別々に作っているのだと。そう感じた。
 と、シエンははっとした。表情の差、その細かな違いに――長年の付き合いから知れる差に――思いを及ばせなければ、まったく違いが分からなくなってしまった。
 それは、髪だけのせいではない。
 キレスの瞳。あの、美しく透き通った紫が、すっかり彩をなくしていたのだった。

      *
 
「千年前の"ホルアクティ"を、目覚めさせる」
 太陽神ラアは、会議室の椅子に小柄な身体を沈ませ、言った。
「でも、おれ一人じゃ駄目みたいなんだ。だから、力を貸してほしくて」
「無論、協力はする。だが」と、ヤナセが言った。「目覚めさせるとは、いったい、どうすることなんだ」
 言いながら彼の視線は、ラアからジョセフィールへと流れる。この話にはどうやら、ジョセフィールが絡んでいるらしい。そうでなければ、既に代表の座を退いた彼がここにいるはずがない。ヤナセはそれを鋭く察していた。
「千年前を生きたはじめの太陽神"ホルアクティ"は、生命神ハピ同様、その魂を異界に封印されたのだそうです。ですから、その封印を解き、現太陽神の力で刺激することでそれを目覚めさせます」
 疑問に答えたのは、太陽神補佐であるカムアだった。ラアはこれにうなずくと、
「南にはもう封印を解く鍵が用意されてるから、あとはこっちに呼び込んで、おれが頑張るだけなんだ。けど……」
「封印を解くということは、異界への道を開くということだ」
 言葉を引き受け、ジョセフィールが言う。
「道を繋げば、異界の力はたちまちこちらへ流れ込み"存在"を呑まんとする。その影響を、最小限に留める必要があるだろう」
 異界の力、その影響。あの夜のラアの力を思い浮かべ、ぞくりと身を震わせる。
「防ぐ手立てはあるのか」
 ヤナセは当然の疑問を口にした。事実あの夜、ラアの放った力に手も足も出なかったのだ。
 ジョセフィールは、意思をもって放たれるものとは違うと言った。異界からこちらへと呼び込むとき、僅かに漏れ出るものを留めさえすればいいのだと。
「しかし、ただ結界を張るだけではたちまち破られてしまうだろう。道が開かれている間は常に漏れ出ていると考えてよい」
「結界を維持するため、力を注ぎ続けるということか。……どれくらいかかる?」
「およそ半日から一日、というところか」
 半日から一日。ヤナセらの表情が険しくなる。その間ずっと力を注ぎ続けるということは、休みなく走り続けるようなもの。うまくやり通せるだろうか。対象が対象なだけに、少しでも気を抜けば身に危険が及ぶに違いない。
「俺の力も有用なら、使ってくれ」シエンが言った。「それで足りるのか。多ければ多いほど良いというのであれば、他にも呼ぶが……」
「それはだめだ」ラアが声を上げた。「小さい力だと逆に、引きずられて呑み込まれちゃう」
 はっと空気が張り詰める。どうやら思った以上に危険な作業であるようだ。
「おもしろい。――では私とシエン、そしてキレスでどうだ」
 ヤナセが言った。最強の守りである地の力と、他を補いその力を増す風の力。それに月の力が添えられれば、強固な結界が生成されるはずだと。
 しかし、ジョセフィールは静かに首を振る。「キレスは、力をすべて失った。月の助力は望めん」
「なんだって……」
 驚愕に開かれた目がキレスに向けられた。
「まさか、封印を解く鍵というのは――」
 異界に封じられた兄弟神の魂。その封印を解く鍵となるもの。北ではその封印が既に解かれているという。キレスの記憶が、その力が、北に奪われていたのはそのためだったのだ。
「『月』が、それを望んだために」
 ジョセフィールは言う。そのための再生であったのだと。
「……」
 シエンは、ケオルの隣で居心地悪そうに目を逸らすキレスを映した。彼の瞳にあったあの鮮やかな紫色は、四属の長のそれと同じく、大いなる力の証だったのだ。属長がその称号を得るときに、同時にその瞳に鮮やかな色彩を得るように、そして、その神位を他に譲るときに、その色彩を失うように、……その色が失われることは、力を権限を、失うことなのだ。